・・・伝統とは、自信の歴史であり、日々の自恃の堆積である。日本の誇りは、天皇である。日本文学の伝統は、天皇の御製に於いて最も根強い。 五七五調は、肉体化さえされて居る。歩きながら口ずさんでいるセンテンス、ふと気づいて指折り数えてみると、き・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・聖人賢者である、なんて、いやな事が書かれてあったが、浮気の真似をする奴は、やっぱり浮気、奇妙に学者ぶる奴は、やっぱり本当の学者、酒乱の真似をする奴は、まさしく本物の酒乱、芸術家ぶる奴は、本当の芸術家、大石良雄の酔狂振りも、あれは本物、また、・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・上ながれて来ると、老練の船長すかさずさっと進路をかえて、危い、危い、突き当ったら沈没、氷山の水中にかくれてある部分は、そうですねえ、あのまんじゅう笠くらいのものにしたところで、水の中の根は、河馬五匹の体積、充分にございます。きみもまた、まこ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・何から何まで対蹠的な存在だからな。一方は下賤から身を起して、人品あがらず、それこそ猿面の痩せた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放絢爛たる建築美術を興して桃山時代の栄華を現出させた人だが、一方はかなり裕福の家から出て、かっぷくも堂々たる美・・・ 太宰治 「庭」
・・・三十四歳で死したるかれには、大作家五十歳六十歳のあの傍若無人のマンネリズムの堆積が、無かったので、人は、かれの、ユーゴー、バルザックにも劣らぬ巨匠たる貫禄を見失い、或る勇猛果敢の日本の男は、かれをカナリヤとさえ呼んでいた。 淀野隆三訳、・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・策を用いて成功したという故智にならい、美男と自称する君にその岡野の役を押しつけ、かの菊屋一家を迷わせて、そのドサクサにまぎれ、大いに菊屋の酒を飲もうという悪い量見から出たところのものであったが、首領の大石が、ヘマを演じてかの現実主義者のおじ・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・こういう具合の経験の堆積には、私たち、逆立ちしたって負けである。そう思って、以後、気をつけていると、私の家主の六十有余の爺もまた、なんでもものを知っている。植木を植えかえる季節は梅雨時に限るとか、蟻を退治するのには、こうすればよいとか、なか・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・これが雨が一日降ると、壁土のように柔らかくなって、靴どころか、長い脛もその半ばを没してしまうのだ。大石橋の戦争の前の晩、暗い闇の泥濘を三里もこねまわした。背の上から頭の髪まではねが上がった。あの時は砲車の援護が任務だった。砲車が泥濘の中に陥・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の根の枯れ朽ちたのが散在している。事によると、昔のあ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 映画の編集過程 たくさんな陰画の堆積の中から有効なものを選び出してそれをいかにつなぎ合わせるかがいわゆるモンタージュの仕事である。 モンタージュという言葉を抽出し、その意義を自覚的に強調したのはプドーフキン一派・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫