・・・小作人どもは、ワイワイ云ってるだけで、何とも手の下しようがなかった。大抵目ぼしい、小作人組合の主だった、は、残らず町の刑務所へ抛り込まれてしまった。「これで、当分は枕を高くして寝られる」と地主たちが安心しかけた処であった。 枕を高く・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・、東京の紳士と称する連中が頻りに周旋奔走して、礼遇至らざる所なきその饗応の一として、府下の芸妓を集め、大いに歌舞を催して一覧に供し、来賓も興に入りて満足したりとの事なりしが、実をいえばその芸妓なる者は大抵不倫の女子にして、歌舞の芸を演ずるの・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・昼間も大抵一人でいた。盆栽の花に水を遣ったり、布団の塵を掃ったり、扉の撮の真鍮を磨いたりする内に、つい日は経ってしもうた。その間、頭の中には、まあ、どんな物があったろう。夢のような何とも知れぬ苦痛の感じが、車の輪の廻るように、頭の中に動いて・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 狸横町の海棠は最う大抵散って居た。色の褪せたきたない花が少しばかり葉陰に見える。 仲道の庭桜はもし咲いて居るかも知れぬと期して居たが何処にもそんな花は見えぬ。かえってそのほとりの大木に栗の花のような花の咲いて居たのがはや夏めいて居・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・気がついてみると、みんな大抵ポケットに除草鎌を持ってきているのでした。岩が大へん柔らかでしたから大丈夫それで削れる見当がついていたのでした。もうあちこちで掘り出されました。私はせわしくそれをとめて、二つの足あとの間隔をはかったり、スケッチを・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 其の家の娘がたのんだ仕事の仕工合で女中の気持は大抵わかるものだと思う。 又こないだまで居た、話しにもならない様な女中の事を思い出す。 顔がかなりで生半分物が分って、悪い事に胆の座った女ほど気味の悪いものはない。 彼の女も一・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・そして、斎藤茂吉氏の解説によると、この一作のかかれた動機は、その年九月十三日明治大帝の御大葬にあたって乃木大将夫妻の殉死があった。夜半青山の御大葬式場から退出しての帰途、その噂をきいて「予半信半疑す」と日記にかかれているそうである。つづいて・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 私は奮起して字引と首引き、帳面に自分でわかったと思う翻訳をしてゆくのですが、女学校ではピータア大帝が船大工の習業をしたというような話をよんでいるのですから、どうもデルフィの神殿だとか、破風だとか、柱頭、フィディアス等々を克服するのは容・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・ ピーター大帝は曲馬場横の妙な細長い広場で永遠にはね上る馬を御しつづけ、十二月二十五日通りの野菜食堂では、アルミニュームの食器の代りに、白い金ぶちの瀬戸の器をつかっている。ドイツ語の小形の詩の本をよみながら黒い装いをした一人の婆さん・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 明治二十年ごろまでの世の中は面白くて、明治大帝の東北御巡幸のとき久留米開墾の爺さんが、何の珍らしいものもないが、これは近来の出色の物産として三尺ばかりの大根を一本三宝にのせて御覧に入れた。そして、おほめの言葉を頂いた。 そんなに貧・・・ 宮本百合子 「村の三代」
出典:青空文庫