・・・が、中でもいちばん大部だったのは、樗牛全集の五冊だった。 自分はそのころから非常な濫読家だったから、一週間の休暇の間に、それらの本を手に任せて読み飛ばした。もちろん樗牛全集の一巻、二巻、四巻などは、読みは読んでもむずかしくって、よく理窟・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・……ところで九頭竜が大部頭を縦にかしげ始めた。まあ来てごらんなさいといったら、それではすぐ上がりますといった。……ところで、これからがほんとうの計略になるんだが、……おいみんな厳粛な気持ちで俺のいうことを聞け。おまえたちのうち誰でも、この場・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ポルジイは始て思索を費した。大部の紀行類を読んだ。そして意気な女と遊ぶ夜を、寂しい我居間に閉じ籠っていて、書きものをした。 * * * 銀行員は遠く、いよいよ遠く故郷の空を離れて、見馴・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それでこのような参照用の大部なものを、骨折って始めから終わりまで漫然と読み通し暗唱したところで、すでになんらかの「題目」を持っていない学生にとってはきわめて効果の薄い骨折り損になりやすいものである。またこんなものから題目を選み出すという事も・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 先住アイヌが日本の大部に住んでいたころにたとえば大正十二年の関東大震か、今度の九月二十一日のような台風が襲来したと想像してみる。彼らの宗教的畏怖の念はわれわれの想像以上に強烈であったであろうが、彼らの受けた物質的損害は些細なものであっ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 圏内の競争が烈しくなるか、圏外の競争が烈しくなるか、どちらに傾くかは、読書界の傾向で大部きめられる問題であります。もし読書界が把住性が強くって、在来の作物からなお或物を予期しつつある間は、圏内の競争の方が烈しい。また読書界が推移性に支・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・ 下 先生はこの驚嘆の念より出立して、好奇心に移り、それからまた研究心に落ち付いて、この大部の著作を公けにするに至ったらしい。だから日本歴史全部のうちで尤も先生の心を刺戟したものは、日本人がどうして西洋と接触し始・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・また、著述書の如きも、近来、世に大部の著書少なくして、ただその種類を増し、したがって発兌すれば、したがって近浅の書多しとは、人のあまねく知るところなるが、その原因とて他にあらず、学者にして幽窓に沈思するのいとまを得ざるがためなり。 けだ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・暗くて寒いドイツ生れのゲーテが、あれほど大部なイタリー紀行を書いた秘密の一つは、彼が古典芸術へ深く傾倒していたことのほかに、こういう微妙なところにもある。ロシアのように広大な国土のところでは、一口にロシアの詩人、作家といっても、黒海沿岸、南・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ この大部な第一巻だけを見ても、内容の精密さ、遺漏なきを期せられている周到さがはっきりわかるのであるが、同時に、頁毎にくりひろげられるこの偉大な人間及芸術家の生活現象に密林はおそろしいほど鬱蒼としているものだから、そのディテールの中で迷・・・ 宮本百合子 「『トルストーイ伝』」
出典:青空文庫