・・・青いタオルの寝巻に、銘仙の羽織をひっかけて、ベッドに腰かけて笑っていた。病人の感じは少しも無かった。「お大事に。」と言って、精一ぱい私も美しく笑ったつもりだ。これでよし、永くまごついていると、相手を無慙に傷つける。私は素早く別れたのであ・・・ 太宰治 「誰」
・・・リヤカアに、サイダアの空瓶を一ぱい積んで曳いて歩いている四十くらいの男のひとに、最後に、おたずねしたら、そのひとは淋しそうに笑って、立ちどまり、だくだく流れる顔の汗を鼠いろに汚れているタオルで拭きながら、春日町、春日町、と何度も呟いて考えて・・・ 太宰治 「千代女」
・・・憎い気がして、お風呂で、お乳の下をタオルできゅっきゅっと皮のすりむけるほど、こすりました。それが、いけなかったようでした。家へ帰って鏡台のまえに坐り、胸をひろげて、鏡に写してみると、気味わるうございました。銭湯から私の家まで、歩いて五分もか・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・女は、幽かな水色の、タオルの寝巻を着て、藤の花模様の伊達巻をしめる。客人は、それを語ってから、こんどは、私の女の問いただした。問われるがままに、私も語った。「ちりめんは御免だ。不潔でもあるし、それに、だらしがなくていけない。僕たちは、ど・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・店では一人の兵士がタオルを展げて見ていた。 そばを見ると、暗いながら、低い石階が眼に入った。ここだなとかれは思った。とにかく休息することができると思うと、言うに言われぬ満足をまず心に感じた。静かにぬき足してその石階を登った。中は暗い。よ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・発汗剤のききめか、漂うような満身の汗を、妻は乾いたタオルで拭うてくれた時、勝手の方から何も知らぬ子供がカタコトと唐紙をあけて半分顔を出してにこにこした。その時自分は張りつめた心が一時にゆるむような気がして心淋しく笑ったが、眼からは涙が力なく・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・老人はまた「ほかの客にはタオルを持って来るのに、わしには持って来んじゃないか」とも言っているようである。 これが二十年前のこういう種類の飲食店だと、店の男がもみ手をしながら、とにかく口の先で流麗に雄弁なわび言を言って、頭をぴょこぴょこ下・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・色々の手拭やタオルの洗濯したのがその上に干し並べてある。それらがみんな吸えるだけの熱量を吸って温かそうにふくれ上がっている。 コキコキ。コキコキ。コキコキコキッ。 ブリキを火箸でたたくような音が、こういうリズムで、アレグレットのテン・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・こんな主人に巻き添いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕に巻きつける。降参をするしるしなのだ。 オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・赤や黄色で刷った絵草紙、タオル、木の盆、乾蕎麦や数珠を売っている。門を並べた宿坊の入口では、エプロンをかけた若い女が全く宿屋の女中然として松の樹の下を掃いたりしている。 参詣人の大群は、日和下駄をはき、真新しい白綿ネルの腰巻きをはためか・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
出典:青空文庫