・・・支那人は楫棒を握ったまま、高い二階を見上げましたが、「あすこですか? あすこには、何とかいう印度人の婆さんが住んでいます」と、気味悪そうに返事をすると、匆々行きそうにするのです。「まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしてい・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
土用波という高い波が風もないのに海岸に打寄せる頃になると、海水浴に来ている都の人たちも段々別荘をしめて帰ってゆくようになります。今までは海岸の砂の上にも水の中にも、朝から晩まで、沢山の人が集って来て、砂山からでも見ていると・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・格子のある高い窓から、灰色の朝の明りが冷たい床の上に落ちている。一間は這入って来た人に冷やかな、不愉快な印象を与える。鼠色に塗った壁に沿うて、黒い椅子が一列に据えてある。フレンチの目を射たのは、何よりもこの黒い椅子であった。 さて一列の・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・』『それを積み重ねて、高い、高い、無際限に高い壁を築き上げたもんだ、然も二列にだ、壁と壁との間が唯五間位しかないが、無際限に高いので、仰ぐと空が一本の銀の糸の様に見える』『五間の舞台で芝居がやれるのか?』『マア聞き給え。その青い・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・ 立花は思わず、膝をついて、天井を仰いだが、板か、壁か明かならず、低いか、高いか、定でないが、何となく暗夜の天まで、布一重隔つるものがないように思われたので、やや急心になって引寄せて、袖を見ると、着たままで隠れている、外套の色が仄に鼠。・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・予は高い声で、「あそこはなんという所かい」「ヘイ、あっこはお石でござります。あれでもよっぽどな一村でござります。鵜島はあのまえになります、ヘイ。あれ、いま鳥がひとつ低う飛んでましょう。そんさきにぽうっとした、あれが鵜でござります。ま・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・と母親の鼻の高いことと云ったら白山の天狗殿もコレはコレはと頸をふって逃げ出してしまうだろう。ほんとに娘をもつ親の習いで、化物ばなしの話の本の中にある赤坊の頭をかじって居るような顔をした娘でも花見だの紅葉見なんかのまっさきに立ててつきうすの歩・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・どんな顔をしていたろうと思いめぐらしていると、段々それが友人の皮肉な寂しい顔に見えて来て、――僕は決して夢を見たのではない――その声高いいびきを聴くと、僕は何だか友人と床を並べて寝ている気がしないで、一種威厳ある将軍の床に侍っている様な気が・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・実業界に徳望高い某子爵は素七 小林城三 椿岳は晩年には世間離れした奇人で名を売ったが、若い時には相当に世間的野心があってただの町人では満足しなかった。油会所時代に水戸の支藩の廃家の株を買って小林城三と改名し、水戸家に金千両を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この高い油を使って本を読むなどということはまことに馬鹿馬鹿しいことだといって読ませぬ。そうすると、黙っていて伯父さんの油を使っては悪いということを聞きましたから、「それでは私は私の油のできるまでは本を読まぬ」という決心をした。それでどうした・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫