・・・ 気咎めに、二日ばかり、手繰り寄せらるる思いをしながら、あえて行くのを憚ったが――また不思議に北国にも日和が続いた――三日めの同じ頃、魂がふッと墓を抜けて出ると、向うの桃に影もない。…… 勿体なくも、路々拝んだ仏神の御名を忘れようと・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・声に驚き、且つ活ける玩具の、手許に近づきたるを見て、糸を手繰りたる小児、衝と開いて素知らぬ顔す。画工、その事には心付かず、立停まりて嬉戯する小児等をみまわす。 よく遊んでるな、ああ、羨しい。どうだ。皆、面白いか。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 立てごかしに、手繰りよせると、酔った赤づらの目が、とろんこで、「お酌を頼む。是非一つ。」 このねだりものの溌猴、魔界の艶夫人に、芭蕉扇を、貸さずば、奪わむ、とする擬勢を顕わす。……博識にしてお心得のある方々は、この趣を、希臘、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 町内では、一ばん手広く商っている大丸の店へすっとはいっていって、女の簡単服をあれこれえらんでいるふりをして、うしろの黒い海水着をそっと手繰り寄せ、わきの下にぴったりかかえこみ、静かに店を出たのですが、二三間あるいて、うしろから、もし、・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・ 服装がばらばらなとおり、めいめいの生活もめいめいの小道の上に営まれて来ているのだけれども、きょうは、そのめいめいが、どこかでつかまっていて離さなかった一本の綱を、公然と手繰りあってここに顔を合わせた、そういう、一種のつつましさと心はず・・・ 宮本百合子 「風知草」
一 夏目先生の大きい死にあってから今日は八日目である。私の心は先生の追懐に充ちている。しかし私の乱れた頭はただ一つの糸をも確かに手繰り出すことができない。私は夜ふくるまでここに茫然と火鉢の火を見まもっていた。 昨日私は先生に・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫