・・・高松という処の村はずれにある或る神社で、社前の鳥居の一本の石柱は他所のと同じく東の方へ倒れているのに他の一本は全く別の向きに倒れているので、どうも可笑しいと思って話し合っていると、居合わせた小学生が、それもやはり東に倒れていたのを、通行の邪・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・しかし果して蜂がその本能あるいは智慧で判断していったん選定した場所を、作業の途中で中止して他所へ移転するというような事があるものか、ないものか、これは専門の学者にでも聞いてみなければ判らない事である。 もしSの判断が本当であったとしたら・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・母親は日頃娘がひいきになるその返礼という心持ばかりでなく、むかしからの習慣で、お祭の景気とその喜びとを他所から来る人にも頒ちたいというような下町気質を見せたのであろう。日頃何につけても、時代と人情との変遷について感動しやすいわたくしには、母・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・汐の引いた時には雨の日なぞにも本所辺の貧い女たちが蜆を取りに出て来たものであるが今では石垣を築いた埋立地になってしまったので、浜町河岸には今以て昔のように毎年水練場が出来ながら、わが神伝流の小屋のみは他所に取払われ、浮洲に茂った蘆の葉は二度・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 一寸親子の愛情に譬えて見れば、自分の児は他所の児より賢くて行儀が可いと云う心持ちは、濁って垢抜けのしない心持ちである。然るに垢抜けのした精美された心持ちで考えると、自分の児は可愛いには違いないが、欠点も仲々ある、どうしても他所の児の方・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・捜査のすすむにつれて三鷹の組合の副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るとい・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 第一、長い間、かついだきりにして居ると云う手を、生れた日の次頃から、外に出して平気で居る様子は、大胆な勇気の満ちて居る性質を持って居るらしくて嬉しい気がする。 他所の児の様に、ヒクヒク周囲の者に、肝癪を起させる程泣きもしず、意地汚・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・ 大切なものの番をして居る様に仙二はそれっきり他所に出なかった。 そうしたまんま仙二の目先に、はかないまぼろしの見えるまんまに日が立って行った。 絶えずチラツク若い心には魅力のあるまぼろしに、一日のうちに泣いたり眼には涙をためな・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ まさか何ぼあの人だってあけっぱなしで他所へ出たんでもあるまいねえ。」「だが、暢気なんだからわからないよ。」「女だもの。 そんなするもんかねえ。」 しばらくだまって居て、「ほんとうにどうしたんだろう。」 篤は思い・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・すると参籠人が丸亀で一癖ありげな、他所者の若い僧を見たと云う話をした。宇平はもう敵を見附けたような気になって、亥の刻に山を下った。丸亀に帰って、文吉を松尾から呼んで僧を見させたが、それは別人であった。 伊予国の銅山は諸国の悪者の集まる所・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫