・・・丸太ぐるみ、どか落しで遁げた、たった今。……いや、遁げたの候の。……あか褌にも恥じよかし。「大かい魚ア石地蔵様に化けてはいねえか。」 と、石投魚はそのまま石投魚で野倒れているのを、見定めながらそう云った。 一人は石段を密と見上げ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――この老耄が生れまして、六十九年、この願望を起しましてから、四十一年目の今月今日。――たった今、その美しい奥方様が、通りがかりの乞食を呼んで、願掛は一つ、一ヶ条何なりとも叶えてやろうとおっしゃります。――未熟なれども、家業がら、仏も出せば・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「実は今夜本を見て起きていると、たった今だ、しきりにお頼み申しますと言う女の声、誰に用があって来たのか知らぬが、この雨の中をさぞ困るだろうと、僕が下りて行って開けてやったが、見るとお雪じゃないか。小宮山さんと一所だと言う、体は雨に濡れて・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 女中に聞くと、「お車で、たった今……」明治四十四年二月 泉鏡花 「妖術」
・・・その癖、たった今、思わず、「あ!」といったのは誰だろう。 いま辻町は、蒼然として苔蒸した一基の石碑を片手で抱いて――いや、抱くなどというのは憚かろう――霜より冷くっても、千五百石の女じょうろうの、石の躯ともいうべきものに手を添えてい・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ハッと思って女中を呼んで聞くと、ツイたった今おいでになって、先刻は失礼した、宜しくいってくれというお言い置きで御座いますといった。 考えるとコッチはマダ無名の青年で、突然紹介状もなしに訪問したのだから一応用事を尋ねられるのが当然であるの・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・なんだか女学生が、今死んでいるあたりから、冷たい息が通って来て、自分を凍えさせるようである。たった今まで、草原の上をよろめきながら飛んでいる野の蜜蜂が止まったら、羽を焦してしまっただろうと思われる程、赤く燃えていた女房の顳が、大理石のように・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「そんならいいが、もし君が少しでもそんな失敬なことを考えているんだと、僕はたった今からでも絶交するよ。失敬な! 失敬な!」彼はこう繰返した。「いやけっしてそんなことはないよ。そんな点では、君はむしろ道徳家の方だと、ふだんから考えてい・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・よくみると、その女の一人はたった今水の中へ消えたばかりの湖水の女でした。それからもう一人の女を見ますと、ふしぎなことには、それもさっきじぶんのお嫁になると言った、同じ湖水の女でした。ギンはじぶんの目がどうかなっているのではないかと思いました・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・「でもたった今これを始めたばかりですから」「ついでに仕上げてしまいたいのですか」「いいえ、そうじゃないのですけど、何だか小母さんにすまないから。――あたし行きたいんですけれど」「では行けばいいじゃありませんか」「そんなこ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫