・・・「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」 亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草へ火をつけました。「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」 婆さんは嘲るように、じろりと相手の顔を見ました。「こ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 慎太郎は今になってさえ、そんな事を頼みにしている母が、浅間しい気がしてならなかった。「癒りますとも。大丈夫癒りますからね、よく薬を飲むんですよ。」 母はかすかに頷いた。「じゃただ今一つ召し上って御覧なさいまし。」 枕も・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・それを知りながらU氏は御祈祷を頼みにして、老母と二人の子供との生活を続けるために、勇ましく飽くまで働いた。そして病気が重ってから、なけなしの金を出してして貰った古賀液の注射は、田舎の医師の不注意から静脈を外れて、激烈な熱を引起した。そしてU・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・かかる優越的な頼みを持っていながら、僕ははたして内外ともに無産に等しい第四階級の多分の人々の感情にまではいりこむことができるだろうか。それを実感的にひしひしと誤りなく感ずることができるだろうか。そして私の思うところによれば、生命ある思想もし・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 見知越の仁ならば、知らせて欲い、何処へ行って頼みたい、と祖母が言うと、ちょいちょい見懸ける男だが、この土地のものではねえの。越後へ行く飛脚だによって、脚が疾い。今頃はもう二股を半分越したろう、と小窓に頬杖を支いて嘲笑った。 縁の早・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――真のあなたのお頼みですのに、どうぞしてと思っても、一つだって見つかりません……嘘と知っていて、そんな茸をあげました。余り欲しゅうございましたので、私にも、私にかってほんとうの茸に見えたんですもの。……お恥かしい身体ですが、お言のまま、あ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・某氏の尽力によりようやく午後の三時頃に至って人を頼み得た。 なるべく水の浅い道筋を選ばねばならぬ。それで自分は、天神川の附近から高架線の上を本所停車場に出て、横川に添うて竪川の河岸通を西へ両国に至るべく順序を定めて出発した。雨も止んで来・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・僕はかねて用意の水筒を持って、「民さん、僕は水を汲んで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産に採って来ます」「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「私どものは、なアに、もう、どうでもいいので、始終私が家のことをやきもき致していまして、心配こそ掛けることはございましても、一つとして頼みにならないのでございますよ。私は、もう、独りで、うちのことやら、子供のことやらをあくせくしているの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・或時椿岳がフラリと来て、主人に向っていうには、俺の処へ画を頼みに来るものも多いが、紙ばっかりでトンと絹を持って来ない、どうだい、一つ絹に描かしてくれないかと。そんなら羽織の胴裏にでも描いてもらいましょうと、楢屋の主人は早速白羽二重を取寄せて・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫