・・・そして、大事に扱うから、ちょっとあほう鳥を学校へ貸してくれないかと頼みました。男は、あほう鳥をひとり手放すのを気遣って、自分も学校まで先生といっしょについていきました。 こんなことから、男は、多数の生徒らに向かって、昔、南のある町を歩い・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・「どうかお光の力になってやって……阿父さん、お光を頼みますよ……」「いいとも! お光のことは心配しねえでも、俺が引き受けてやるから安心しな」「お光……」「はい……」「お前も阿父さんを便りにして……阿父さん、お光はまだ若い・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 浜子は世帯持ちは下手ではなかったが、買物好きの昔の癖は抜けきれず、おまけに継子の私が戻ってみれば、明日からの近所の思惑も慮っておかねばならないし、頼みもせぬのに世話を焼きたがるおきみ婆さんの口も怖いと、生みの母親もかなわぬ気のよさを見・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・て前原が一味に加わり候ものから今だにわれらさえ肩身の狭き心地いたし候この度こそそなたは父にも兄にもかわりて大君の御為国の為勇ましく戦い、命に代えて父の罪を償いわが祖先の名を高め候わんことを返すがえすも頼み上げ候 せめて士官ならばとの今日・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・抵当に、一段二畝の畑を書き込んで、其の監査を頼みに、小川のところへ行った時、小川に、抵当が不十分だと云って頑固にはねつけられたことがあった。それ以来、彼は小川を恐れていた。「源作、一寸、こっちへ来んか。」 源作は、呼ばれるまゝに、恐・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ さてこれより金崎へ至らんとするに、来し路を元のところまで返りて行かんもおかしからねばとて、おおよその考えのみを心頼みに、人にさえ逢えば問いただして、おぼつかなくも山添いの小径の草深き中を歩むに、思いもかけぬ草叢より、けたたましき羽音さ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・扇を挙げて麾かるることもあらば返すに駒なきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台を遠退けて顔を見られぬが一の手と逆茂木製造のほどもなくさらさらと衣の音、それ来たと俊雄はまた顫えて天にも地にも頼みとするは後なる床柱これへ凭れて腕組み・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・もし君が壮大な邸宅でも構えるという時代に、僕が困って行くようなことがあったら、其時は君、宜敷頼みますぜ。」「へへへへへ。」と男は苦笑いをした。「いいかね。僕の言ったことを君は守らんければ不可よ。尺八を買わないうちに食って了っては不可・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ と小声でおかみさんにお頼みしますと、「傘なら、おれも持っている。お送りしましょう」 とお店に一人のこっていた二十五、六の、痩せて小柄な工員ふうのお客さんが、まじめな顔をして立ち上りました。それは、私には今夜がはじめてのお客さん・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ おれはホテルを出て、沈鬱して歩いていた。頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった。さてこれからどうしよう。なんだっておれはロシアを出て来たのだろう。今さら後悔しても駄目である。幸にも国にはまだ憲法が無い。その代りには、どこへ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫