・・・無聊に苦んで居た子規は余の書翰を見て大に面白かったと見えて、多忙の所を気の毒だが、もう一度何か書いてくれまいかとの依頼をよこした。此時子規は余程の重体で、手紙の文句も頗る悲酸であったから、情誼上何か認めてやりたいとは思ったものの、こちらも遊・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・婦人たる者は万事自から勤め、舅姑の為めに衣を縫い食を調え、夫に仕えて衣を畳み席を掃き、子を育て汚を洗い、常に家の内に居て猥りに外に出ず可らずと言う。婦人多忙なりと言う可し。果して一人の力に叶う事か叶わぬ事か其辺は姑く差置き、兎に角に家を治む・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・からぬけ出たカール――ブルッセル時代―― 三年間のブルッセル時代はカール・マルクスの一生にとって、最も多忙な時期であった。パリ時代にその国の歴史から革命の歴史とその発展の理論をわがものとし、先進的なイギリスの経済学を発展的に学びとり・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・お母さんであるキュリー夫人は八月の三日になったならばそこで娘たちと落合って、多忙な一年の僅かな休みを楽しむ予定であった。 ところが思いがけないことが起った。七月二十八日に、オーストリアの皇太子がサラエヴォで暗殺された。世界市場の争奪のた・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ 一八九七年、マリヤは長女のイレーヌを生み、彼女の家庭生活と科学者としての生活は一層複雑に多忙になったけれども、健康なマリヤは、すべての卓抜な女性が希うとおりそれらの生活の全面を愛して生きようとしました。「妻としての愛情も、母としての役・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・ 斯うして、考えるので、私の先は非常に多忙な訳になる。 此頃は、幸健康も確らしくなって来て居るから又とない心丈夫な事である。 語学の必要をつくづく感じて居る。 しなければならない事に追われる様で、頭が散漫になりはしまいかと怖・・・ 宮本百合子 「偶感」
・・・ところが、かりに、その人が労働者であり、組合員であり、また他の組織に属しているという条件から、その多忙な活動について、むずかしく考えることなんかいらないんだ、云われることさえどんどんやればいいんだ、という風に習慣づけられるとしたら、そのひと・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・洋装の九人の婦人たちもそれぞれ元気そうにかたまって歩いていて、多忙にくみ立てられたニューヨークでの見学プランがしのばれた。 ニューヨークといえば、われわれのクラブの委員長であった松岡洋子さんはこのごろ水飢饉のニューヨークでどんな毎日を送・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・合法党として存在しはじめてわずか一年を経たばかりの日本の党が、よしんばまだ十分豊饒な文化性を溢れさせていないとして、また組織人の大部分が文芸作品の真剣な読者である暇がないほど活動に多忙であるからといって、日本の民主的革命とその文学の発展のた・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・祖母は、父の多忙のため、幾日も顔を見ないことに馴れていた。旅行については何もきかず、蜜柑の汁、すっぽんのスープ、牛乳、鶏卵などを僅に飲みながら、朝になり夜になる日の光を障子越しに眺めている。口を利くのは、まだ起きてはいけないかという質問と、・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫