・・・長屋は両側とも六軒ずつ仕切ってありましたが、私の住んでいたのは一番奥で、すぐ前には大工の夫婦者が住んでいたのでございます。 長屋の者は大通りに住む方とは違いまして、御承知でもございましょうが、互いに親しむのが早いもので、私が十二軒の奥に・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・植木屋の女房のお源は、これを聞きつけ「それで沢山だ、どうせ私共の力で大工さんの作るような立派な木戸が出来るものか」 と井戸辺で釜の底を洗いながら言った。「それじゃア大工さんを頼めば可い」とお徳はお源の言葉が癪に触り、植木屋の貧乏・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・が必ずしも夢見はしない。が大工の息子もまた夢見る。如何なる時代にあっても青年が夢見なくなるということはあるまじきことであり、もしあるなら人類は衰亡に向かったものである。夢見る、理想主義の青年のみが健やかなる青年であり、次代を荷い、つくる青年・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・小説をかいたりするよりは、大工か、樽屋になっていた方がよかったかもしれない。 だが、樽屋になると、又賃銀が安い。古樽の吹き直しはいやだ、材料が悪い。など、常にブツ/\云うことだろう。・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・ 兵士は、その殆んどすべてが、都市の工場で働いていた者たちか、或は、農村で鍬や鎌をとっていた者たちか、漁村で働いていた者たちか、商店で働いていた者たちか、大工か左官の徒弟であった者たちか、そういう青年たちばかりだ。小学校へ行っている時分・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ 前に申したように御維新の後は財産を亡くしたという訳では無かったですが、家は非常に質素な生活を仕て居て、どうかすれば大工の木ッ葉拾いにでも遣られようという勢いでしたから、学校へ遣って貰うのさえ漸々出来たような始末で、石筆でも墨でも小さく・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・そんなものはございません、と云ったが、少し考えてから、老婢を近処の知合の大工さんのところへ遣って、巧く祈り出して来た。滝割の片木で、杉の佳い香が佳い色に含まれていた。なるほどなるほどと自分は感心して、小短冊位の大きさにそれを断って、そして有・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・それを峠の上から村の中央にある私たちの旧家の跡に移し、前の年あたりから大工を入れ、新しい工事を始めさせていた。太郎もすでに四年の耕作の見習いを終わり、雇い入れた一人の婆やを相手にまだ工事中の新しい家のほうに移ったと知らせて来た。彼もどうやら・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「また大工さんの家の娘と遊んでいるじゃないか。あの娘は実に驚いちゃった。あんな荒い子供と遊ばせちゃ困るナア」「私もそう思うんですけれど、泣かせられるくせに遊びたがる」「今度誘いに来たら、断っちまえ。――吾家へ入れないようにしろ―・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・いて、十日ほどやっかいになっているうちに、日本の無条件降伏という事になり、私は夫のいる東京が恋いしくて、二人の子供を連れ、ほとんど乞食の姿でまたもや東京に舞い戻り、他に移り住む家も無いので、半壊の家を大工にたのんで大ざっぱな修理をしてもらっ・・・ 太宰治 「おさん」
出典:青空文庫