・・・は、今日の現実では作家が、文学をてだてとしてどんなに常識的日常性を堅めてゆくかという興味ある一典型をなしているのである。 小父貴にでもそれを云われたらともかく一応はふくれるにちがいない娘さんたちが、それと同じ本質のことを、アナトール・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ブルジョア批評は、うるさく作品の詮議だてをして、うまいとかまずいとか、書けている、いないと云うが、彼等は自分の世界観を階級性に狭められているため、プロレタリア文学についていう場合、それが何をどう書こうとしているかさえ見えないということが明白・・・ 宮本百合子 「小説の読みどころ」
・・・ 民衆の文学という声が、文学の世界の現実として民衆の日常生活、心理、歴史への関り方を再現してゆくべきであるという自然な解釈からは脱れて、主として知識人の知性、批判力への否定のてだてとして出発して来たことは、あれほど到るところに谺していた・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・その小部屋は、親たちのいるところと、夜は真暗な妙にくねった廊下でへだてられていた。父や母は壮年時代の旺盛な生活ぶりで、どちらかというと自身たちの生活にかまけている。よく衝突もしていた。母が泣くこともあった。百合ちゃんはお父様とどこへでも行っ・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・一寸見た場合、完全な顔の道具だてを持っている者よりは、大きな痣でも頬にある者の方が人目を欹てしめる。けれども、それが人類に与えられた顔として典型的なものであると云う人はありませんでしょう。 修辞上の効果から云えば、自己の主張し肯定しよう・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・と云うへだてが出来てどうしても千世子と篤ばかりの話になり勝になった。「のけもの」と云ういまわしい感じをさけるために千世子はだれにでも話しかけた。 何と云うまとまりもないありふれた世間話が四人の間を走りまわって白けかかる空気を取りもど・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・きょうのわたしたち女性はデスデモーナのその恐怖やかくしだてを、全くあわれな、おろかしいルネッサンス婦人の卑屈さとして感じる。オセロがどんなにおころうとも、デスデモーナはどうして二人にとって大切なハンカチーフがぬすまれたことを気づいたときすぐ・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・ 木村が文芸欄を読んで不公平を感ずるのが、自利的であって、毀られれば腹を立て、褒められれば喜ぶのだと云ったら、それは冤罪だろう。我が事、人の事と言わず、くだらない物が讃めてあったり、面白い物がけなしてあったりするのを見て、不公平を感ずる・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。 その時横田申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け、互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。 その時相役申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫