・・・あの、さきへ立って、丸太棒をついた、その手拭をだらりと首へかけた、逞い男でがす。奴が、女の幽霊でねえか。出たッと、また髯どのが叫ぶと、蜻蛉がひらりと動くと、かっと二つ、灸のような炎が立つ。冷い火を汗に浴びると、うら山おろしの風さ真黒に、どっ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 横なでをしたように、妹の子は口も頬も――熟柿と見えて、だらりと赤い。姉は大きなのを握っていた。 涎も、洟も見える処で、「その柿、おくれな、小母さんに。」 と唐突にいった。 昔は、川柳に、熊坂の脛のあたりで、みいん、みい・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 熱い烈しい日光を冒して外に出て見たが、眼が眩むように、草も木も、すべてだらりと葉を垂れて、眤と光っている。此の平和の村は、何処の家も昼眠をしていると見えて、誰も、外に出ている人の姿を認めなかった。『斯様、暑い日に外へ出るのはお前ば・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・入り陽が、赤い花弁に燃えついたように、旗の色がかがやいて、ちょうど風がなかったので、旗は、だらりと垂れていました。船の中で、合図をしているように思われました。彼は、がけをおりようかと思いましたが、ほんとうに、自分を迎えにきてくれたのなら、何・・・ 小川未明 「希望」
・・・そのそばに生えている青木の葉が黒ずんで、やはり霜柱のために傷んで葉はだらりと垂れて、力なく下を向いているのでありました。 けれど、春になりますと、いつしか霜柱が立たなくなりました。そして、一時は、ふくれあがって、痛々しそうに見えた土まで・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・気がすすまぬように、だらりと手を出せば、それは見込がない。等々……。握手と同時に現われる、相手の心を読むことを、彼は心得てしまった。 吉永がテーブルと椅子と、サモールとがある部屋に通されている時、武石は、鼻から蒸気を吐きながら、他の扉を・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・銃を持っている両腕は、急にだらりと、力がぬけ去ってしまった。銃は倒れる男の身体について落ちて行った。 暫らくして、両脚を踏ンばって、剣を引きぬくと、それは、くの字形に曲っていた。 その曲ったあとがなかなかもとの通りになおらなかった。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・曰く、「京管領細川右京太夫政元は四十歳の比まで女人禁制にて、魔法飯綱の法愛宕の法を行ひ、さながら出家の如く、山伏の如し、或時は経を読み、陀羅尼をへんしければ、見る人身の毛もよだちける。されば御家相続の子無くして、御内、外様の面、色諫め申しけ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・骨ぐみは小さくもありませんが、どうしたのか、ひどくやせほそって、下腹の皮もだらりとしなび下っています。寒いのと、おそらくひもじいのと両方で、からだをぶるぶるふるわせ、下あごをがたがたさせながら、引きつれたような、ぐったりした顔をして、じろじ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 悪漢佐伯も、この必死の抗議には参ったらしく、急に力が抜けた様子で、だらりと両腕を下げ、蒼白の顔に苦笑を浮かべ、「返すよ。返すよ。返してやるよ。」と自嘲の口調で言って、熊本君の顔を見ずにナイフを手渡し、どたりと椅子に腰を下した。・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫