・・・少年は餌の土団子をこしらえてくれた。自分はそれを投げた。少年は自分の釣った魚の中からセイゴ二尾を取って、自分に対して言葉は少いが感謝の意は深く謝した。 二人とも土堤へ上った。少年は土堤を川上の方へ、自分は土堤の西の方へと下りる訳だ。別れ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ と宗太が年長者らしく言ったので、直次の娘はおげんの枕もとに白いお団子だの水だのをあげて置いて、子供と一緒に終りの別れを告げて行った。 親戚の人達は飾り一つないような病院風の部屋に火鉢を囲んで、おげんの亡き骸の仮りに置いてある側で、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「女学校三年の娘がひとりいるんだ。団子みたいだ。なっちゃいない。」「ほのかな恋愛かね。」私は、いい加減な事ばかり言っていた。「ばか言っちゃいけない。」少年は、むきになった。「僕には、プライドがあるんだ。このごろ、だんだんそいつが・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・危機一髪、団子鼻に墮そうとするのを鼻のわきの深い皺がそれを助けた。まったくねえ。レニエはうまいことを言う。眉毛は太く短くまっ黒で、おどおどした両の小さい眼を被いかくすほどもじゃもじゃ繁茂していやがる。額はあくまでもせまく皺が横に二筋はっきり・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・婦人の容貌に就いて、かれこれ言うのは、よくない事だが、ごく大ざっぱな印象だけを言うならば、どうも甚だ言いにくいのだが、――お団子が、白い袋をかぶって出て来た形であった。色、赤黒く、ただまるまると太っている。これでは、とても画にはなるまい。・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・若い妻と裏にあった茶の新芽を摘んで、急こしらえの火爐を拵えて、長火鉢で、終日かかって、団子の多い手製の新茶をつくって飲んだこともあった。田舎の茶畠に、笠を被った田舎娘の白い顔や雨に濡れた茶の芽を貫目にかけて筵にあける男の顔や、火爐に凭りかか・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・つづけて五回音がして空中へ五つの煙の団塊が団子のように並ぶだけと云わばそれまでのものである。「音さえすりゃあ、いいんだね」「音さえすりゃあ、いいんだよ」、こんな事を云いながら、それでもやはり未練らしくいつまでも見物している職人の仲間もあ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・また、桃太郎が生まれなかったらそのかわりに栗から生まれた栗太郎が団子の代わりにあんパンかキャラメルを持って猫やカンガルーを連れてやはり鬼が島は征伐しないでおかないであろう。いくらそんな不都合なことはいけないと言っても、どうしてもだれか征伐に・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・ すぐ向うの腰掛には会社員らしい中年の夫婦が十歳くらいの可愛い男の子を連れておおかた団子坂へでも行くのだろう。平一はこの会社員らしい男を何処かで見たように思ったがつい思い出せない、向うでも時々こちらの顔を見る。細君の方は子供の帽子を気に・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・夏は納涼、秋は菊見遊山をかねる出養生、客あし繁き宿ながら、時しも十月中旬の事とて、団子坂の造菊も、まだ開園にはならざる程ゆゑ、この温泉も静にして浴場は例の如く込合へども皆湯銭並の客人のみ、座敷に通るは最稀なり。五六人の女婢手を束ねて、ぼんや・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫