・・・ それでも酒の器などには、ちょっと古びのついたものがまだ残っていて、ぎやまんの銚子に猪口が出たり、ちぐはぐな南京皿に茄子のしんこが盛られたりした。 お絹は蔭でそうは言っても、面と向かうと当擦りを言うくらいがせいぜいであった。少し強く・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しかも、おくれた日本の覚醒をめぐる情勢の流れは迅くて、内部にちぐはぐなものを感じ、善意の焦点を見いだしかねているままに、現実は、むき出しな推移で私たちの日常をこづいて、ゆっくり考えてみるために止まる時間さえ与えない。体が、混んだプラットフォ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 竹刀で床を突いては、テラテラ髪を分けた下の顔をつくって呶鳴る縞背広の存在とガラス一重外のそのようなあたり前の風景の対照はちぐはぐで自分の心に深く刻みつけられるのであった。 ケイ紙に書きつけた一項一項について、嘘を云っては、「云・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな叢書の端本、一寸した単行本等に過ない筈である。 ひどくこの地方名物の風が吹き荒んで、おちおちものも書けない或る日、私は埃くさい三畳で古本箱やその囲りに散っている本等を・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・離れて考えると全体が何だか可哀そうで心配しずにいられないのに、顔を見るとちぐはぐで――もう少し素直な方がいいのに、ね」 そのうち、国から母親が上京し、千鶴子は家を持った。はる子は心から、「まあよかってね」と云った。「今ま・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・秋来見レ月多二帰思一自起開レ籠放二白一 今は春だし、文鳥だし、連想はちぐはぐなようだが、私にとって或る切なものがあった。思い出。二年前、或る秋偶然この詩を読んだ。私は更に繰返して幾度もよみ、終に涙を流した。ああ「・・・ 宮本百合子 「春」
・・・と作者の腹のなかとが実はちぐはぐで、「私」の内省と苦悩とが真に読者の肺腑をつく態の真摯な人間的情熱を欠いているところに、この作品の稀薄さが在るのである。 人道主義的なセンチメンタリズムを蹴たおして、仮借なく現実を踏み越えて生きようとする・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 活気のある無頓着さで、父は晩年になっても身なりなどちぐはぐの儘でいた。私や妹等がお父様折角この服を着たのならネクタイはああいう色だといいのに、と云ったりした。お前たちは、さすが俺の子だね。なかなか趣味がいい。そう云って大層御機嫌である・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫