・・・思う人の唇に燃ゆる情けの息を吹く為には、吾肱をも折らねばならぬ、吾頚をも挫かねばならぬ、時としては吾血潮さえ容赦もなく流さねばならなかった。懸想されたるブレトンの女は懸想せるブレトンの男に向って云う、君が恋、叶えんとならば、残りなく円卓の勇・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。 この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク! 宏壮なビルディングは空に向っ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・それは本当に心の窓という風で、私はそこから偶然自分に向って注がれる視線にあうと、さあっと暖い血汐が体の中を流れるように感じた。そして、自分のもっているいい心を自分で信じて生きて行っていいのだということ、そのためには骨折りを惜しんではならない・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・そして遂に、かがやくばかりに美しかった白と黒との調和は、血潮のなかに壊滅させられる。 オセロの悲劇の頂点は、オセロの嫉妬だけにおかれていない。オセロの人間的尊厳を愚弄されたと思った憤りと絶望の深さにある。その角度からみれば、地球上に植民・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・カルメンの物語でばかりスペインを知っている人々にとって、またダンテとベアトリチェの物語だけでイタリヤの心を知ったと思う人は、これらの国々で不幸な愛人たちが自分たちの幸福への願望と共に流した血潮の多量なことに心から驚かずにいられないだろう。こ・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ それを人は春と名づけ冬の寒さにめげたもの達の青白い頬にも血潮の華やかな色がさいのぼって、生のあるもののすべてに再び新な力のあたえられた時―― 愚なものにはよう見えなんだ神の御力をたたえ謝さぬものは御座らぬのじゃ。 浅間敷くサタ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・シャルル九世時代の若いフランス人と云えば、そういうはげしい好尚に血潮をわかせていたものだが。○p.229 位階あるものが能ある者に対する憤懣。これが十九世紀を悒ウツにしている。○p.274 エスイタ式教育のギセイになって・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
出典:青空文庫