・・・ 弥生の末から、ちっとずつの遅速はあっても、花は一時に咲くので、その一ならびの塀の内に、桃、紅梅、椿も桜も、あるいは満開に、あるいは初々しい花に、色香を装っている。石垣の草には、蕗の薹も萌えていよう。特に桃の花を真先に挙げたのは、むかし・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ただし遅速はおいて、複写して、夫人の御人々御中に返したてまつるべき事は言うまでもなかろう。 今日は方々にお賽銭が多い。道中の心得に、新しく調えた懐中に半紙があった。 目の露したたり、口許も綻びそうな、写真を取って、思わず、四辺を見て・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・刈り手の個性と刈り時の遅速とが芝生の上に不規則なまだらを描いていた。休まず働いている自然の手がその痕跡をぬぐい消すにはまだ幾日か待たなければならなかった。 保養の目的が達せられたかどうかはわからなかった。たいしてからだにさわりもしなかっ・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ なるほど、物理学では速度の大小というのが正当で、遅速をいうならば運動の遅速とでもいわなければ穏当でないかと思われる。それでもしこれが物理学の教科書か学術論文の中の文句であるとすれば当然改むべきはずであるが、随筆中の用語となると必ず・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・このようにしてできた砂の層が大あらしなどの時にまたはがれて浜へ打ち上げられる時でも、細かいのと大きいのでは水に運ばれるのに遅速があって、いつでも選り分けられるような傾きがあるでしょう。 海岸では晴れた夏の日の午前にはたいてい風が弱くて、・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・ いつであったか、街燈の照明の影響でこの木の黄葉落葉に遅速があるということが、どこかの通俗科学雑誌の紙上で問題になったことがあるように記憶するが、しかし現在の新芽の場合では、街燈との関係はどうもあまりはっきりしないようである。 本郷・・・ 寺田寅彦 「破片」
旧藩情緒言一、人の世を渡るはなお舟に乗て海を渡るがごとし。舟中の人もとより舟と共に運動を與にすといえども、動もすれば自から運動の遅速方向に心付かざること多し。ただ岸上より望観する者にして始てその精密なる趣を知る・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・算の遅速は同様なるも、一人の手間だけははぶくべし。ここにて考うれば、筆算に便利あるが如くなれども、数の文字、十字だけは、横文を知らずしてかなわぬことなれば、今の学校にて教育を受けたるものよりほかには通用すべからず。たとい学校にて加減乗除・比・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・二本の梅に遅速を愛すかな麓なる我蕎麦存す野分かなの「愛すかな」「存す野分」の連続のごとき夏山や京尽し飛ぶ鷺一つの「京尽し飛ぶ」の連続のごとき蘭夕狐のくれし奇楠をんの「蘭夕」の連続のごとき漢文より来たりしも・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・○ベースボールの特色 競漕競馬競走のごときはその方法甚だ簡単にして勝敗は遅速の二に過ぎず。故に傍観者には興少し。球戯はその方法複雑にして変化多きをもって傍観者にも面白く感ぜらる。かつ所作の活溌にして生気あるはこの遊技の特色なり、観者をし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
出典:青空文庫