・・・むざむざ見捨てるには惜しい男だと、見込んだのだ。ちっぽけな怒りはすべて忘れて……。 昔、政党がさかんだった頃、自身は閣僚になる意志はてんで無く、ただ、誰かこいつと見込んだ男を大臣にするために、しきりに権謀術策をもちい、暗中飛躍をした男が・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・猫の額のような中庭に面して小窓がひとつきりあるのだが、窓といっても窓硝子を全部とってしまったところでたいしたこともないちっぽけなものだし、それに部屋のなかを覗かれることを極度におそれている佐伯は夏でもそれをあけようとせず、ほんの気休めに二三・・・ 織田作之助 「道」
・・・しかし、耳かきですくうような、ちっぽけな出来事でも、世に佃煮にするくらい多い所謂大事件よりも、はるかにニュース的価値のある場合もあろう。たとえば、正面切った大官の演説内容よりも、演説の最中に突如として吹き起った烈風のために、大官のシルクハッ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ どうして俺が毎晩家へ帰って来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選りに選ってちっぽけな薄っぺらいもの、安全剃刀の刃なんぞが、千里眼のように思い浮かんで来るのか――おまえはそれがわからないと言ったが――そして俺にもやはりそれがわか・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・あ、そこの、へんなちっぽけな家には、だれか住んでるよ。」と肉屋は、空地の向うの家の戸口へいって、「もしもしちょっと。どなたかいらっしゃいませんか。」と言って、戸をたたきました。すると、中から、うすぎたない女が戸をあけました。肉屋は今の病・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・だからもし大きなむすこが腹をたてて帰って来て、庭先でどなりでもするような事があると、おばあさんは以前のような、小さい、言う事をきく子どもにしようと思っただけで、即座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見る・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・そう云えばあの時あのちっぽけな赤い虫が何かそんなこと云ってたようだったね。行こう。」「ありがとう。どうか頼むよ。それではさよならね。」「さよならね。」 カン蛙は又ピチャピチャ林の中を通ってすすきの中のベン蛙のうちにやって参りまし・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・あんな、ちっぽけな赤頭巾に、ベゴ石め、へこまされてるんだ。もうおいらは、あいつとは絶交だ。みっともない。黒助め。黒助、どんどん。ベゴどんどん。」 その時、向うから、眼がねをかけた、せいの高い立派な四人の人たちが、いろいろなピカピカする器・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・と島尾敏雄の「ちっぽけなアヴァンチュール」との対照、そこからひきおこされている批評の性格などがある。 批評の基準の確立ということは、一本の棒ですべての作品をくしざしにする意味でないことは、云うまでもない。民主的な文学運動の方向にたって現・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・そんなちっぽけな物を拵えたって、しようがないじゃないか。若殿はのっぽでお出になるからなあ」 りよは顔を赤くした。「あの、これはわたくしので」縫っているのは女の脚絆甲掛である。「なんだと」叔父は目を大きくみはった。「お前も武者修業に出・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫