・・・佻で薄っぺらなのは一に東京を中心とし、東京以外に文壇なしと云う先入主から、あらゆる文学青年が東京に於ける一流の作家や文学雑誌の模倣を事とするからであって、その風潮を打破するには、真に日本の土から生れる地方の文学を起すより外はない。ついては、・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・やって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿延びに延びて花の咲かない朝顔を余程皮肉な馬鹿者のようにも、またこれほど手入れしたその花の一つも見れずに追い立てられて行く自分の方が一層の惨めな痴呆者であるような気もされた。そして最初・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・Kは午前中は地方の新聞の長篇小説を書いて居る。午後は午睡や散歩や、友達を訪ねたり訪ねられたりする時間にあててある。彼は電車の中で、今にも昏倒しそうな不安な気持を感じながらどうか誰も来ていないで呉れ……と祈るように思う。先客があったり、後から・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 空想を失ってしまった詩人、早発性痴呆に陥った天才にも似ている! この空想はいつも私を悲しくする。その全き悲しみのために、この結末の妥当であるかどうかということさえ、私にとっては問題ではなくなってしまう。しかし、はたして、爪を抜かれた猫・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・「痴呆のような幸福だ」と彼は思った。そしてうつらうつら日溜りに屈まっていた。――やはりその日溜りの少し離れたところに小さい子供達がなにかして遊んでいた。四五歳の童子や童女達であった。「見てやしないだろうな」と思いながら堯は浅く水が流・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ そこで彼は失敗やら成功やら、二十年の間に東京を中心としておもに東北地方を舞台に色んな事をやって見たが、ついに失敗に終わったと言うよりもむしろ、もはや精根の泉を涸らしてしまった。 そして故郷へ帰って来た。漂って来たのではない、実に帰・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・あるいは寛喜、貞永とつづいて飢饉が起こって百姓途上にたおれ、大風洪水が鎌倉地方に起こって人畜を損じ、奥州には隕石が雨のごとく落ち、美濃には盛夏に大雪降り、あるいは鎌倉の殿中に怪鳥集まるといった状況であった。日蓮は世相のただならぬことを感じた・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 昨年、私たちの地方では、水なしには育たない稲ばかりでなく、畑の作物も──どんな飢饉の年にも旱魃にもこれだけは大丈夫と云われる青木昆陽の甘藷までがほとんど駄目だった。村役場から配布される自治案内に、七分搗米に麦をまぜて食えば栄養摂取が十・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 憫むべし晩成先生、嚢中自有レ銭という身分ではないから、随分切詰めた懐でもって、物価の高くない地方、贅沢気味のない宿屋を渡りあるいて、また機会や因縁があれば、客を愛する豪家や心置ない山寺なぞをも手頼って、遂に福島県宮城県も出抜けて奥州の・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・そこは地方から上京するなじみの客をおもに相手としているような家で、入れかわり立ちかわり滞在する客も多い中に、子供を連れながら宿屋ずまいする私のようなものもめずらしいと言われた。 外国の旅の経験から、私も簡単な下宿生活に慣れて来た。それを・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫