・・・ そこで、一時、真鍮の煙管を金と偽って、斉広を欺いた三人の忠臣は、評議の末再び、住吉屋七兵衛に命じて、金無垢の煙管を調製させた。前に河内山にとられたのと寸分もちがわない、剣梅鉢の紋ぢらしの煙管である。――斉広はこの煙管を持って内心、坊主・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・とにかくまだまだ歌は長生すると思うのか。A 長生はする。昔から人生五十というが、それでも八十位まで生きる人は沢山ある。それと同じ程度の長生はする。しかし死ぬ。B 何日になったら八十になるだろう。A 日本の国語が統一される時さ。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 淡島氏の祖の服部喜兵衛は今の寒月から四代前で、本とは上総の長生郡の三ヶ谷の農家の子であった。次男に生れて新家を立てたが、若い中に妻に死なれたので幼ない児供を残して国を飛出した。性来頗る器用人で、影画の紙人形を切るのを売物として、鋏一挺・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・わたしが調整してるんですよ」「――そいつア、また。……ものによっては、一服寄進にあずかってもよいが、いったい何に効くんだい?」「――肺病です。……あきれたでしょうがな」「――あきれた」 かつて灸婆をつかって病人相手の商売に味・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・思い切って靴を脱ぎ、片手にぶら下げて、地下道の旅行調整所の前にうずくまって夜明しをしている旅行者の群へ寄って行き、靴はいらんか百円々々と呶鳴ると、これも廉いのかすぐ売れた、十円札にくずして貰い、飾窓へ戻り二晩分十円先払いして、硝子の中で寝た・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と、この場合あまり適切とは思えない叱咤の言を叫び威厳を取りつくろう為に、着物の裾の乱れを調整し、「僕は、君を救助しに来たんだ。」 少年は上半身を起し、まつげの長い、うるんだ眼を、ずるそうに細めて私を見上げ、「君は、ばかだね。僕がここ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・○ゆうべ、うらない看てもらった。長生する由。子供がたくさん出来る由。○飼いごろし。○モオツアルト。Mozart.○人のためになって死にたい。○コーヒー八杯呑んでみる。なんともなし。○文化の敵、ラジオ。拡声器。○自・・・ 太宰治 「古典風」
・・・生れた家は、ご承知のお方もございましょうが、ここから三里はなれた山麓の寒村に在りまして、昔も今も変り無く、まあ小地主で、弟は私と違って実直な男でございますから、自作などもやっていまして、このたびの農地調整とかいう法令の網の目からも、もれるく・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・けれども、何せれいの家の建て直しに、着て出る着物の調整に、やっさもっさ、心をくだき、あまりの向上心に、いきおい守るほうを失念してしまっていた。人間のアビリティの限度、いたしかたの無いものである。たしかに一方、抜けていた。まさしく破綻の形であ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・「ダンテ、――ボオドレエル、――私。その線がふとい鋼鉄の直線のように思われた。その他は誰もない。」「死して、なおすすむ。」「長生をするために生きて居る。」「蹉跌の美。」「Fact だけを言う。私が夜に戸外を歩きまわると、からだにわるいのが痛・・・ 太宰治 「めくら草紙」
出典:青空文庫