・・・「あたいよ、あけて頂戴。ねえ、あけてよ。だまって明神様へお詣りしたのは謝るから、入れて頂戴」と声を掛けたが、あけに立つ気配もなかった。「いいわよ」 安子はいきなり戸を蹴ると、その足でお仙の家を訪れた。「どうしたの安ちゃん、こ・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・と軍曹酒気を吐いて「お茶を一ぱい頂戴」「今入れているじゃありませんか、性急ない児だ」と母は湯呑に充満注いでやって自分の居ることは、最早忘れたかのよう。二階から大声で、「大塚、大塚!」「貴所下りてお出でなさいよ」と母が呼ぶ。大塚軍・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・互いに悪口雑言をし合っていますうちに、相手の男が、親方のお古を頂戴してありがたがっているような意久地なしは黙って引っ込めと怒鳴ったものとみえます。それが藤吉にグッと癪に触りましたというものは、これまでに朋輩からお俊は親方が手をつけて持て余し・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・どうして拵えますかというと、鋏を持って行って良い白馬の尾の具合のいい、古馬にならないやつのを頂戴して来る。そうしてそれを豆腐の粕で以て上からぎゅうぎゅうと次第にこく。そうすると透き通るようにきれいになる。それを十六本、右撚りなら右撚りに、最・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・信長の時になると、もう信長は臣下の手柄勲功を高慢税額に引直して、いわゆる骨董を有難く頂戴させている。羽柴筑前守なぞも戦をして手柄を立てる、その勲功の報酬の一部として茶器を頂戴している。つまり五万両なら五万両に相当する勲功を立てた時に、五万両・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私に頂戴ッて」 お島はなぐさみに鯣を噛んでいた。乳呑児の乳を放させ、姉娘に言って聞かせて、炉辺の戸棚の方へ立って行った。「さあ、パン上げるから、お出」と彼女は娘を呼んだ。「ううん、鞠ちゃんパンいや――鯣」 と鞠子は首を振った・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・先生はエナアゼチックな手を振って、大尉と一緒に松林の多い谷間の方へ長大な体躯を運んで行った。 谷々は緑葉に包まれていた。二人は高い崖の下道に添うて、耕地のある岡の上へ出た。起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・いろいろ教えて頂戴したのね。難有うよ。お前さんのお蔭で、わたしはあの人が本当に可哀くなったんだから、それもお前さんにお礼を言っても好いわ。わたしもう行ってよ。そしてあの人を可哀がって遣るわ。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・貴女のお手で、私を確かり抱いて頂戴。斯うやって、私がすがり付いているように。そして、どうぞしっかり捕えていて下さい」と云いでもするように。 カルカッタの家に着いてからの或る日のことでした。スバーの母は、大変な心遣いで娘に身なりを飾ら・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ないものは頂戴いたしません。」僕はいますぐここからのがれたかった。「そうですか。どうもわざわざ。」青扇は神妙にそう言って、立ちあがった。それからひとりごとのように呟くのである。「四十二の一白水星。気の多いとしまわりで弱ります。」 僕・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫