・・・人がたずねて来ると、その人に大きな声を出させたり、ちいさい声を出させたり、一時間も二時間も、しつこく続けて注文して、いろいろさまざま聴力をためしてみるので、お客様たちは閉口して、このごろは、あんまりたずねて来なくなりました。夜おそく、電車通・・・ 太宰治 「水仙」
・・・しかしそれでは肝心の事故の第一原因はわからないのでいろいろ調べているうちに、片方の補助翼を操縦する鋼索の張力を加減するためにつけてあるタンバックルと称するネジがある、それがもどるのを防ぐために通してある銅線が一か所切れてネジが抜けていること・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 一本の麻縄に漸次に徐々に強力を加えて行く時にその張力が増すに従って、その切断の期待率は増加する。しかしその切断の時間を「精密に」予報する事は六かしい、いわんやその場処を予報する事は更に困難である。 地震の場合は必ずしもこれと類型的・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・不思議だと思って懐中時計の音で左右の耳の聴力を試験してみると、左の耳が振動数の多い音波に対して著しく鈍感になっている事が分った。のみならず雨戸をしめて後に寝床へはいるとチンチロリンの声が聞こえなかった。すぐ横にねている子供にはよく聞こえてい・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
出典:青空文庫