・・・伯父の局長は酒飲みですから、何か部落の宴会が、その旅館の奥座敷でひらかれたりするたびごとに、きっと欠かさず出かけますので、伯父とその女中さんとはお互い心易い様子で、女中さんが貯金だの保険だのの用事で郵便局の窓口の向う側にあらわれると、伯父は・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・「貯金はすぐなくなって了うし……。」 勇吉は絶えずこう思って、例の鉛筆で計算をやって見たりした。 正月が来た。注連飾などが見事に出来て賑やかな笑声が其処此処からきこえて来た。 しかし勇吉はじっとしてはいられなかった。正月の初・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・また、親が多年の辛苦でたくわえた貯金を赤いむすこや娘が運動資金に持ち出したとすれば、その場合のさるは子供でかにはおやじである。さらにその子供を使嗾して親爺の金を持ち出させた親ざるはやはり一種の搾取者である。 桃太郎が鬼が島を征服するのが・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・この上さんが毎晩五銭ずつを貯金箱に入れる事にきめて居るのだが、せめてそれを十銭ずつにしてやりたいよ。するとその貯金がたまって後には金持に出世する。しかし大鷲の意見と僕の意見と往々衝突するから保証は出来ない。 三橋に出ると驚いた。両側の店・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・「保険貯金」などと札の下った窓口が並んでいる。右側に戸がなるほど二つある。奥の方には「工場委員会」「コムソモール・ヤチェイカ」と札が出ている。みなさんも知っているとおり、ソヴェト同盟では工場を男女労働者自身で経営している。工場の大衆から選挙・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ この節のようなインフレーションでどの家でも貯金もなくなり、子供に一本の飴でも食べさせたいため、また夫の誕生日にすきなものの一つも食べさせたいというつまり妻や母の気持で、紙に「裁縫致します」と書くことになって来ている。けれどもこの「和服・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ けれ共、達は、自分が貯金から出して来た三四円の金を皆、お節にあずけて、帰る旅費だけあればあとは勝手にしてよいと云った。 始めの間は、息子が自分の力で得たものを親の身として貰う事は出来ないと堅く心にきめて居たが、やはりいつとはなし心・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・また十七歳の若々しい家庭教師として貴族の家庭で不愉快な周囲に苦しみながらも勉強のためにいくらかずつの貯金をし、休みの時は近所の百姓の子に真の母国の言葉ポーランド語を教えてやったりしていた時代の思い出。ドイツに蹂躙されたときいたときそれはみな・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・に参加して、戦時国債や貯金の誘説のほかに働き、その名声は、戦争の進行につれて益々被いがたくなって来た国内の生活崩壊の事態を、あれやこれやと彌縫するためにだけ利用されるという惨めな状態に陥ったのであった。 今日、人民全体が既成の「政治」に・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・そして後からよくよく考えてみたら、その七百円の生活費はどこから出てくるのかしらと思ったら、政府が呉れるのではなくて、みなさんの貯金から出すことなのですね。私、すっかり、糠よろこびしてしまいました。 政府はこのモラトリアムをしなければ、日・・・ 宮本百合子 「幸福について」
出典:青空文庫