・・・燕はちょこなんと王子の肩にすわって、今馬車が来たとか今小児が万歳をやっているとか、美しい着物の坊様が見えたとか、背の高い武士が歩いて来るとか、詩人がお祝いの詩を声ほがらかに読み上げているとか、むすめの群れがおどりながら現われたとか、およそ町・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・その身動きに、鼬の香を芬とさせて、ひょこひょこと行く足取が蜘蛛の巣を渡るようで、大天窓の頸窪に、附木ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起す。 それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと幕を落す。その時木戸に立った多勢の方を見向いて、「う・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・を機会に、行火の箱火鉢の蒲団の下へ、潜込ましたと早合点の膝小僧が、すぽりと気が抜けて、二ツ、ちょこなんと揃って、灯に照れたからである。 橙背広のこの紳士は、通り掛りの一杯機嫌の素見客でも何でもない。冷かし数の子の数には漏れず、格子から降・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ かなり長い急な山裾の切通し坂をぐるりと廻って上りきった突端に、その耕吉には恰好だという空家が、ちょこなんと建っていた。西向きの家の前は往来を隔てた杉山と、その上の二千尺もあろうという坊主山で塞がれ、後ろの杉や松の生えた山裾の下の谷間は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ しかし自分はこの音が嗜きなので、林の奥に座して、ちょこなんとしていると、この音がここでもかしこでもする、ちょうど何かがささやくようである、そして自然の幽寂がひとしお心にしみわたる! 自分はいつしか小山を忘れ、読む書にもあまり身が入・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 俺には、身体の小さい母親が、ちょこなんと坐って、帯の間に手をさしはさんでいる姿が目に見える。それが、何時でも心配事のあるときの、母の恰好だったからである。 プロレタリアの旗日 コツ、コツ、コツ………………。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・一段高いところにちょこなんと首だけ出して、古くさい法官帽に涎かけのような模様のついた服を着た裁判官がパラ・パラ着席しています。看守や巡査が多勢います。丹野せつ子やその他二人ばかりの婦人闘士の姿も見えます。 傍聴人が席についてしまうと、宮・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・瘠せた猿がちょこなんと止り木にのっている。前に立って飽かれた妻が重そうな丸髷を傾け、「猿公、旦はんどこへ行かはったか知らんか」と訊いている。―― 絵物語の女が桃龍自身の通り大きな鼻をもっているところ、境遇的な感じ方で描くところ、・・・ 宮本百合子 「高台寺」
出典:青空文庫