・・・という立看板に散りかかっている。パン屋や菓子屋の店さきのガラス箱にパンや菓子がないように、女は自分の帽子なしで往来を歩いていても不思議がらないような日々の感情になって来た。 女の無智やあさましさのあらわれているような風がなくなったことは・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・日本が地理的に大陸からぐるりを海できりはなされているという偶然の条件を、もうこれ以上人民の歴史の不幸の原因としてはならないと思う。わたしたちの世間知らずのために、種々さまざまのあることないことを外国についてきかされっぱなしで半信半疑でいるこ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・と、いたずらにあれやこれやをちりぢりばらばらに認識し、それをかき集めたところで作品は書けない。われわれの努力は、より強固にされ、明確にされた政治性――党派性によって客観的に現実を理解し、文学運動においてつかむべき当面の環をはっきり知り、それ・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ ところが、或る日、五時間目の地理が済んで、皆と一緒に芳子さんも家へ帰ろうとして居りますと、受持の先生からお使が来ました。小使は、先生が御用ですからお帰りに教員室に来て下さいと云って、丸い、禿げた頭を振りながら出て行きました。「何の・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・こまかいたて縞のすきとおる着物にうすい羽織を着た浅吉は、白扇をパチリ、パチリ鳴らしながらあんまり物を云わず、笑いもせず、木菟のような眼の丸い頬ぺたのふくらんだ顔で坐っている。そのすこし斜うしろにぺたりと薄い膝で坐った根下り丸髷にひっかけ帯の・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・愛は戸棚の、小さい箱根細工の箱から、銀貨、白銅とりまぜて良人の拡げた掌の上にチリン、チリンと一つずつ落した。「これがお風呂。これが三助。――これが――お土産」 禎一は、いい気持そうに髪の毛をしめらせ、程なく帰って来た。彼は、たっぷり・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ 六十日以上風呂にも入れず、むけて来る足の皮をチリ紙の上へ落しながら、悠然とかまえてることさと云う時、その主任の云ったことを焙るように胸に泛べているのであった。自分は、金のことを云わなければ半年経とうが帰さないと脅かされて、放ぽり込んで・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・栄さんがあなたのシャツ類を編んでいてくれたのが待っていて、お茶をのんであのひとはかえり、私は島田の母様[自注8]が私へ下さったお手染のチリメンの半襟を又眺めなおして、いただいたコーセンをしまって、手伝いに来ているお婆さんをやすまして、それか・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ こうしてみると、青年の生活にとって特別な関係ある問題は、左をみれば婦人の今日の社会における種々の問題とキッチリ結ばれているし、右をみれば所謂おやじさん達の生活の根本問題と全くつながった線にあることが理解されるだろう。民主戦線という言葉・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・出した点、メイエルホリド一流の好みで、ロイド眼鏡をかけたフレスタコフが、ゆきつ戻りつ、ステッキをふって市長宅へ出かける場面で、大胆至極な赤銅ばりの柵で舞台を横断させ、動く人間を一本の強い線の左右にキッチリ統一させた手際、平凡ではない。だが、・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫