・・・ 二百十日の荒れ前で、残暑の激しい時でございましたから、ついつい少しずつお社の森の中へ火を見ながら入りましたにつけて、不断は、しっかり行くまじきとしてある処ではございますが、この火の陽気で、人の気の湧いている場所から、深いといっても半町・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ごめん下さいまし。ついつい根も葉も無いことを申しました。そんな浅墓な事実なぞ、みじんも無いのです。醜いことを口走りました。だけれども、私は、口惜しいのです。胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。なんのわけだか、わかりませぬ。ああ、ジェ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・そう思わなければいけません。ついつい、わがままも出て、それだから、こんどのように、こんな気味わるい吹出物に見舞われるのです。薬を塗ってもらったせいか、吹出物も、それ以上はひろがらず、明日は、なおるかも知れぬと、神様にこっそり祈って、その夜は・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ 文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを読んではいながら、ついつい一度もその演技を実見する機会がなかった。それが最近に不思議な因縁からある日の東京劇場におけるその演技を臍の緒・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・講義も演習もいわば全く米の飯のようなもので、これなしに生きて行かれないことはよく知りながら、ついつい米の飯のおかげを忘れてしまって、ただ旨かった牛肉や鰻だけを食って生きて来たような気がするのであろう。講義の内容は綺麗に忘れているようでも入用・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・それらの書物を通して見た老子は妙にじじむさいばかりか、何となく偽善者らしい勿体ぶった顔をしていて、どうも親しみを感ずる訳には行かないので、ついついおしまいまで通読する機会がなく、従って老子に関する概念さえなしにこの年月を過ごして来たのであっ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・見たくないという格段の理由がある訳でもなんでもないが、またわざわざ手数をして見に行きたいと思う程の特別な衝動に接する機会もなかったために、――云わば、あまり興味のない親類に無沙汰をすると同様な経過で、ついつい今まで折々は出逢いもした機会を、・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・どんな植物だか知りたいと思いながら、ついついそのままになっていた。ところが、ここへ来てある朝「黄つりふね草」を見つけて、図鑑と引き合わせてみると、なんと、これがすなわち紛れもない「かんしゃく持ちのさわるな草」であったのである。そこでさっそく・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ コーヒー漫筆がついついコーヒー哲学序説のようなものになってしまった。これも今しがた飲んだ一杯のコーヒーの酔いの効果であるかもしれない。 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・本屋にあまりたくさんいろいろな本があるので、ついついだまされて本さえ見れば学者になれるというような錯覚にとらわれるのである。 四 錯覚利用術 これも目のたよりにならぬ話である。 急に暑くなった日に電車に乗って行く・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫