・・・従って多くの人はついついすいた電車の存在を忘れて、すべてのものが満員であるような印象をもつ事になるかもしれない。 この最後の点は不確かだとしても、次の結論は免れ難い、すなわち「来かかった最初の電車に乗る人は、すいた車に会う機会よりも込ん・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・自分はいつでも書いてもらえるような気がしてついつい絵も書も一枚ももらわないでいたら、いつか先生からわざわざ手紙を添えて絹本に漢詩を書いたのを贈られた。千駄木時代の絵はがきのほかにはこれが唯一の形見になったのであったが、先生死後に絵の掛け物を・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・これまでにもなんべんかこれに関する記録を書いておきたいと思い立ったことはあったが、いざとなるといつでも何かしら自分の筆を渋らせるあるものがあるような気がして、ついついいつもそれなりになってしまうのであった。しかし、また一方では、どうしても何・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・もし、ほんの表面の薄い層だけ湿るようなやり方をしていると、芝の根がついつい欺されて甘やかされて、浅い上層だけに発達して来る。そうして大旱に逢った時に、深層の水分を取ることが出来なくなって、枯死してしまう。 少し唐突な話ではあるが、これと・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・ とにかくアンテナを拡張し、完全なアースをすれば聞こえるであろうと思われたが、それがおっくうであるのと、もう一つは、前述のような理由から元来熱心でないためとでついついそのままに放棄してあった。家族もやはり興味が冷却したと見えて、別にそれ・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ もう一つ問題になるのは、卓上演説があまりはやると、ついつい卓上気分を卓上以外に拡張するような習慣を助長して、卓上思想や卓上芸術の流行を見るようになりはしないかという事である。識者の一考を望みたい。 三 ラディオフォビア・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・道は之の字巴の字に曲りたる電信の柱ばかりはついついと真直に上り行けばあの柱までと心ばかりは急げども足疲れ路傍の石に尻を掛け越し方を見下せば富士は大空にぶら下るが如くきのう過ぎにし山も村も皆竹杖のさきにかすかなり。 沓の代はたられて百・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・そこには、小さなすきとおる渦巻きのようなものが、ついついと、のぼったりおりたりしているのでした。タネリは、また口のなかで、きゅうくつそうに云いました。「雪のかわりに、これから雨が降るもんだから、 そうら、あんなに、雨の卵ができている・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・ 始めの間は、息子が自分の力で得たものを親の身として貰う事は出来ないと堅く心にきめて居たが、やはりいつとはなし心がゆるんで、ついついそれももうなくなって仕舞った。 栄蔵に云わないわけにも行かないのでお節は辛いのを押して夫にすべてを打・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・その人がこの頃はああ云う病気特有のすき透るほど白い肌になって見違えるほどなよやかに美くしくなったとか、西洋人形の様に大きい眼に涙を一杯ためて居たとか云う事を、前から私より親しくして居た人々からきくと、ついつい涙を押えられなくなってしまう。・・・ 宮本百合子 「ひととき」
出典:青空文庫