・・・ 関東震災に踵を次いで起こった大正十二年九月一日から三日にわたる大火災は明暦の大火に肩を比べるものであった。あの一九二三年の地震によって発生した直接の損害は副産物として生じた火災の損害に比べればむしろ軽少なものであったと言われている。あ・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・二種の高さの音をそれぞれに取り離して全く別々に聞くだけならば、振動数がかなりちがってもたいしてちがった感じの違いは起こらないのが、二つの音を相次いで聞くときに始めて甲乙二音の音程差に対して特別な限定が生じ、そこからいわゆる音階が生まれて来る・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・家内安全を保護する道徳の教えも、貴重は則ち貴重なれども、更に貴重なる公務には叶わぬものなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会の一人となり、戸外公共の事務を取扱うの身分となれば、生来の習慣忽ち活動し、公は以て・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ さて『浮雲』の話の序でだが、前に金を取りたい為にあれを作ったと云った。然う云って了えば生優しい事だが、実はあれに就いては人の知らない苦悶をした事がある。 私は当時「正直」の二字を理想として、俯仰天地に愧じざる生活をしたいという考え・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・「それでは誠になんですがお序での節、こちらへもお廻りねがえませんでしょうか。」「そう。しかし私はその先生の書生というでもありません。けれども、しかしとにかくそう云いましょう。おい。行こう。さよなら。」 悪魔は娘の手をひいて、向う・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ まずカールが、次いでイエニーと二人の子供とがパリに赴いたが、フランス政府はマルクス一家を気候の悪いブルターニュの沼沢地方へ追放することにきめた。一八四九年八月の終りカールはついにロンドンへ渡った。カールは詩人フライリヒラートに書いてい・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・五ヵ年計画とともに、ラップの作家たちは「大衆の中へ」次いで「生産の場所へ」と進出した。 作家団自身、生産の場所へはいりこみ、そこでどんな風に新しいソヴェト同盟の誕生が行われているかを目撃して、芸術作品を創って行っただけではない。工場、集・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ この十年の間に、私はまず母を、次いで父を喪った。いずれも只一夜の看病さえ出来ない状況の下で。そのことは一応悲しい訣れのかたちであるけれども、思い沈めて考えると、私にとっては却って我々親子の縁というものがどんなに深いかを知らせることにな・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・この概観は初め一九二二年に現れ、次いで一九三四年に改訂版が出た。ウエルズは大系を五分の一ほどに圧縮し、内容も殆ど全部かき直した。それはそうであったろう。一九二二年から後の十年間こそ今日の世界史の大動揺がその底に熟しつつあった深刻な時代であっ・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・ 次いで、マリーナ・イワーノヴナ、最後にジェルテルスキーの長い脚が、左右、左右、階段の上に隠れるのを見届けると、下の小さい娘は自分達の部屋へかけ込み、息を殺して、「お婆ちゃん、三人、異人さん」と報告した。 ・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫