・・・「ああああ、お新より外にもう自分を支える力はなくなってしまった」 とおげんは独りで言って見て嘆息した。 九月らしい日の庭にあたって来た午後、おげんは病室風の長い廊下のところに居て、他人まかせな女の一生の早く通り過ぎて行ってしまう・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・次女は、卓の上に頬杖ついて、それも人さし指一本で片頬を支えているという、どうにも気障な形で、「ゆうべ私は、つくづく考えてみたのだけれど、」なに、たったいま、ふと思いついただけのことなのである。「人間のうちで、一ばんロマンチックな種属は老人で・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・その人の額の月桂樹の冠は、他の誰にも見えないので、きっと馬鹿扱いを受けるでしょうし、誰もお嫁に行ってあげてお世話しようともしないでしょうから、私が行って一生お仕えしようと思っていました。私は、あなたこそ、その天使だと思っていました。私でなけ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・父と母に、大事に大事に仕えて来ました。私は、何が悪いのです。私は、ひとさまから、うしろ指ひとつさされたことがございません。水野さんは、立派なかたです。いまに、きっと、お偉くなるおかたなのです。それは、私に、わかって居ります。私は、あのおかた・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・まことにこの利休居士、豊太閤に仕えてはじめて草畧の茶を開き、この時よりして茶道大いに本朝に行われ、名門豪戸競うて之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・煙台で聞いたが、敵は遼陽の一里手前で一支えしているそうだ。なんでも首山堡とか言った」 「後備がたくさん行くナ」 「兵が足りんのだ。敵の防禦陣地はすばらしいものだそうだ」 「大きな戦争になりそうだナ」 「一日砲声がしたからナ」・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ おれは余りに愛国の情が激発して頭がぐらついたので、そこの塀に寄り掛かって自ら支えた。「これは、あなた、どうなさいましたのですか。御気分でもお悪いのですか。やあ、ロシアの侯爵閣下ではございませんか。」 おれは身を旋らしてその男を・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 最後にデンプシーの審判で勝負が決まった時介添に助けられて場の中央に出て片手を高く差上げ見物の喝采に答えた時、何だか介添人の力でやっと体と腕を支えているような気がした。これに反してマックの方は判定を聞くと同時にぽんと一つ蜻蛉返りをして自・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ 亮の家の祖先は徳川以前に長曾我部氏の臣であって、のち山内氏に仕えた、いわゆる郷士であった。曾祖父は剣道の師範のような事をやっていて、そのころはかなり家運が隆盛であったらしい。竹刀が長持ちに幾杯とかあったというような事を亮の祖母から・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・自分の仕えている主人と現在の職業のほかに、自分の境地を拓いてゆくべき欲求も苦悶もなさすぎるようにさえ感ぜられた。兄の話では、今の仕事が大望のある青年としてはそう有望のものではけっしてないのだとのことであった。で、私がこのごろ二十五六年ぶりで・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫