・・・その人の多様な過去の生活を現わすかのような継ぎはぎの襤褸は枯木のような臂を包みかねている。わが家の裏まで来て立止った。そして杖にすがったまま辛うじてかがんだ猫背を延ばして前面に何物をか求むるように顔を上げた。窪んだ眼にまさに没せんとする日が・・・ 寺田寅彦 「凩」
・・・それに比べて見ると、そこらに立っている婦人の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせこせした不調和な継ぎ合わせもののように見えた。こんなものでも半年も戸外につるして雨ざらしにして自然の手にかけたら、少しは落ちついたいい色調になるかもしれないと思っ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 西洋へ行く前にどうしても徹底的にわるい歯の清算をしておく必要があるのでおおよそ半月ほど毎日○○病院に通った。継ぎ歯、金冠、ブリッジなどといったような数々の工事にはずいぶんめんどうな手数がかかった。抜歯も何本か必要であったが、昔とちがっ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・近頃やっと二つの欠けらがどうやらうまく継ぎ合わされたようである。 すべての破片がことごとく揃ってそれが完全に接合される日がいつかは有限な未来に来るであろうと信ずるか、あるいはそれには無限大の時間を要すると思うかは任意である。しかしどちら・・・ 寺田寅彦 「スパーク」
・・・それをみがいて継ぎ直したらいくらかよくなったが、またすぐにいけなくなる。だんだんに吟味してみると電鈴自身のこしらえ方がどうしてもほんとうでないらしい。ほんとうなら白金か何か酸化しない金属を付けておくべき接触点がニッケルぐらいでできているので・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・そしてそれに紅白、あるいは紺と白と継ぎ分けた紙の尾を幾条もつけて、西北の季節風に飛揚させる。刈り株ばかりの冬田の中を紅もめんやうこんもめんで頬かぶりをした若い衆が酒の勢いで縦横に駆け回るのはなかなか威勢がいい、近辺のスパルタ人種の子供らはめ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・背負うた柴を崖にもたせて脚絆の足を投げ出したままじっとこっちを見ていた。あまり思いがけなかったので驚いて見返した。継ぎはぎの着物は裾短かで繩の帯をしめている。白い手ぬぐいを眉深にかぶった下から黒髪が額にたれかかっている。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ヴィアニ、オットー・フォン・ゲーリケ、フック、ボイルなどといったような人がはなはだ粗末な今から見れば子供のおもちゃのような道具を使って、それで生きた天然と格闘して、しかして驚くべき重大な画期的実験を矢継ぎばやに行なったのがそもそもの始まりで・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・ 蕪村の俳諧を学びし者月居、月渓、召波、几圭、維駒等皆師の調を学びしかども、ひとりその堂に上りし者を几董とす、几董は師号を継ぎ三世夜半亭を称う。惜しむべし、彼れ蕪村歿後数年ならずしてまた歿し、蕪村派の俳諧ここに全く絶ゆ。明治二十・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ が、しかし…… 何だか気になってたまらない彼は、煙管を持った手を後で組み、継ぎはぎのチャンチャンの背を丸めて、堤沿いにソロソロと歩き出した。「オーイ、誰来てくんろよ――オーイ」 近所の桃林で働いていた三人の百姓は、びっくり・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫