・・・剣を磨す徒爾に非ず 血家血髑髏を貫き得たり 犬飼現八弓を杖ついて胎内竇の中を行く 胆略何人か能く卿に及ばん 星斗満天森として影あり 鬼燐半夜閃いて声無し 当時武芸前に敵無し 他日奇談世尽く驚く 怪まず千軍皆辟易するを 山精木・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・碧なり 九外屍は留む三日香ばし 此老の忠心きようじつの如し 阿誰貞節凜として秋霜 也た知る泉下遺憾無きを ひつぎを舁ぐの孤児戦場に趁く 蟇田素藤南面孤を称す是れ盗魁 匹として蜃気楼堂を吐くが如し 百年の艸木腥丘を余す 数里の・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・当時の文章教育というのは古文の摸倣であって、山陽が項羽本紀を数百遍反覆して一章一句を尽く暗記したというような教訓が根深く頭に染込んでいて、この根深い因襲を根本から剿絶する事が容易でなかった。二葉亭も根が漢学育ちで魏叔子や壮悔堂を毎日繰返し、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・シカシ世間に与えた感動は非常なもので、大多数は尽くヒプノタイズされてしまって、紅隈の団十郎が大眼玉を剥いたのでなければ承知出来ぬ連中までが「チンプンカンで面白くねェ、馬鹿にしてやがる」といいながらも一種の暗示を与えられてこれを迎えずにはいら・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・陛下の天覧が機会となって伊井公侯の提撕に生じたのだから、社会的には今日の新劇運動よりも一層大仕掛けであって、有力なる縉紳貴女を初め道学先生や教育家までが尽く参加した。当時の大官貴紳は今の政友会や憲政会の大臣よりも遥に芸術的理解に富んでいた。・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・人は悔改めずば皆な尽く亡ぶべしとの警告。十三章一節より五節まで。救わるる者は少なき乎との質問に答えて。同十三章二十二節より三十節まで。天国への招待。十四章十五節―二十四節。天国実現の状況。十七章二十節―三十七節。財貨委託・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・もしその皮の上に一寸した染が出来るとか、一寸した創が付くとかしますと、わたくしはどんなにしてでも、それを癒やしてしまわずには置かれませんでした。わたくしはその恋愛が非常に傷けられたと存じました時、そのために、長煩いで腐って行くように死なずに・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「東京から乗ったのです。そして、つぎのつぎの、停車場で下りますの。」「着くと暗くなりますの。」 おばあさんは、それぎりだまってしまいました。雪の曠野を走って、ようやく、目的地に着きました。しかし、急に思いたってきたので、通知もし・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ このとき、海の方から、ため息をつくように、軽いあたたかな風が、吹いてきました。「ほんとうに、不思議な笛だ。」 二郎は、しみじみと、この短い青と赤に塗り分けられた一本の笛に、見入っていました。 その中に彼は、棒きれを持ってき・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・ 現実の上に、真美の王国を築くことのできないものはこれを常に心の上で築くことである。芸術は、即ち、その表現である。恍洋たるロマンチシズムの世界には、何人も、強制を布くことを許さぬ。こゝでは、自由と美と正義が凱歌を奏している。我等は、文芸・・・ 小川未明 「自由なる空想」
出典:青空文庫