・・・る日は二十ばかりの女何事をかかしましく叫びつ笑いて町の片側より片側へとゆくに傘ささず襟頸を縮め駒下駄つまだてて飛ぶごとに後ろ振り向くさまのおかしき、いずれかこの町もかかる類に漏るべき、ただ東より西へと爪先上がりの勾配ゆるく、中央をば走り流る・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・雪に汚れた革足袋の爪先の痕は美しい青畳の上に点々と印されてあった。中 南北朝の頃から堺は開けていた。正平の十九年に此処の道祐というものの手によって論語が刊出され、其他文選等の書が出されたことは、既に民戸の繁栄して文化の豊かな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 一群は丁度爪先上がりになっていた道を登って、丘の上に立ち留まった。そして目の下に見える低い地面を見下した。そこには軌道が二筋ずつ四つか五つか並べて敷いてある。丁度そこへ町の方からがたがたどうどうと音をさせて列車が這入って来る処である。・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・私は頭のてっぺんから足の爪先まで、軽蔑されている。小説家は悪魔だ! 嘘つきだ! 貧乏でもないのに極貧の振りをしている。立派な顔をしている癖に、醜貌だなんて言って同情を集めている。うんと勉強している癖に、無学だなんて言ってとぼけている。奥様を・・・ 太宰治 「恥」
・・・僕は改札口の傍で爪先き立ち、君を捜した。君が僕を見つけたのと、僕が君を見つけたのと、ほとんど同時くらいであったようだ。「や。」「や。」 という具合になり、君は軍律もクソもあるものか、とばかりに列から抜けて、僕のほうに走り寄り、・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・畑で零余子を採っていると突然大きな芋虫が目について頭から爪先までしびれ上がったといったような幼時の経験の印象が前後関係とは切り離されてはっきり残っているくらいである。 芋虫などは人間に対して直接にはなんらの危害を与えるものでもなし、考え・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その時、しびれた足の爪先をいくら揉んでもたたいてもなかなか直らない。また、夜中に眼が覚めてみると、片腕から手さきがしびれて泣きたいような歯がゆいような心持がすることがある。これもその、しびれた手さきや手首を揉んでも掻いてもなかなか直らない。・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・今の子供らがおとぎ話の中の化け物に対する感じはほとんどただ空想的な滑稽味あるいは怪奇味だけであって、われわれの子供時代に感じさせられたように頭の頂上から足の爪先まで突き抜けるような鋭い神秘の感じはなくなったらしく見える。これはいった・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・辰之助はそう言って爪先に埃のついた白足袋を脱いでいたが、彼も東京で修業したある種類の芸術家なので、この町の多くの人がもっているようなお茶の趣味はもっていた。骨董品――ことに古陶器などには優れた鑑賞眼もあって、何を見せても時代と工人とをよく見・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 道が爪先き上りになった。見れば鉄道線路の土手を越すのである。鉄道線路は二筋とも錆びているので、滅多に車の通ることもないらしい。また踏切の板も渡してはない。線路の上に立つと、見渡すかぎり、自分より高いものはないような気がして、四方の眺望・・・ 永井荷風 「元八まん」
出典:青空文庫