・・・果物の籠には青林檎やバナナが綺麗につやつやと並んでいた。「どう? お母さんは。――御免なさいよ。電車がそりゃこむもんだから。」 お絹はやはり横坐りのまま、器用に泥だらけの白足袋を脱いだ。洋一はその足袋を見ると、丸髷に結った姉の身のま・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・省作はいくら目をつぶっても、眉の濃い髪の黒いつやつやしたおとよの顔がありありと見える。何もかも行きとどいた女と兄もほめた若い女の手本。いくら憎く思って見てもいわゆる糠に釘で何らの手ごたえもない。あらゆる偽善の虚栄心をくつがえして、心の底から・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ くりくりと毛を刈ったつむり、つやつやと肥ったその手や足や、なでてさすって、はてはねぶりまわしても飽きたらぬ悲しい奈々子の姿は、それきり父の目を離れてしまった。おんもといい、あっこといい、おっちゃんといったその悲しい声は永遠に父の耳を離・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 顔から頸から汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家を出る時はほんとに極りが悪くて……嫂さんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・赤い実までがいきいきして、ちょうど、さんごの珠のように、つやつやしく輝いて見えたのです。 そのころのことでありました。垣根の内側に、小さな一本の草が芽を出しました。草は、この世に生まれたけれど、まだ時節が早かったものか、寒くて、寒くて、・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・これは夢でないかと驚きまして、さっそく鏡の前にいって映った姿を見ますと、真っ黒なつやつやした髪の毛がたくさんになって、そのうえ自分の顔ながら、見違えるように美しくなっていました。少女は、これを見ると、いままで泣いていた悲しみは忘れられて、思・・・ 小川未明 「夕焼け物語」
・・・入れ替り立ち替りそこへ挨拶に来る親戚に逢って見ると、直次の養母はまだ達者で、頭の禿もつやつやとしていて、腰もそんなに曲っているとは見えなかった。このおばあさんに続いて、襷をはずしながら挨拶に来る直次の連合のおさだ、直次の娘なぞの後から、小さ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・顔も、手も、つやつやして、上品な老婆であった。さちよは、張りつめていた気もゆるんで、まるで、わが家に帰ったよう、案内する老母よりさきに、階下の茶の間へさっさとはいって、あたかも、これは生きかえった金魚、ひらひら真紅のコオトを脱いで、「お・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・あくる日、すぐ私は、このまちの植木屋を捜しだし、それをつれて、おとなりへお伺いした。つやつやした小造りの顔の、四十歳くらいの婦人がでて来て挨拶した。少しふとって、愛想のよい口元をしていて、私にも、感じがよかった。三本のうち、まんなかの夾竹桃・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・平生はつやつやしい毛色が妙に薄ぎたなくよごれて、顔もいつとなく目立ってやせて、目つきが険しくなって来た。そして食欲も著しく減退した。 うちの三毛が変などろぼう猫と隣の屋根でけんかをしていたというような報告を子供の口から聞かされる事もあっ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫