・・・ かかる群集の動揺む下に、冷然たる線路は、日脚に薄暗く沈んで、いまに鯊が釣れるから待て、と大都市の泥海に、入江のごとく彎曲しつつ、伸々と静まり返って、その癖底光のする歯の土手を見せて、冷笑う。 赤帽の言葉を善意に解するにつけても、い・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・「どうか、早く釣れるように。」と、下男は心で祈っていました。 そのとき、一羽の鳥が飛んできて、あちらの森の中に降りました。なに鳥だろうと、下男はその方を見ていると、ズドンといって鉄砲を打つ音が聞こえました。すると、さっき見た鳥は飛び・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・と、お母さんが、おききなさると、「こんなものに、なにが釣れるかって……。」と英ちゃんが、笑いました。「まあ、ご苦労な、ただバケツを持ってお供をするだけなの。」と、お姉さんは、ほんとうに、良ちゃんがかわいそうになりました。 はや、・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・ところがその日はことによく釣れるので二人とも帰ろうと言わないのです。太い雨が竿に中る、水面は水煙を立てて雨が跳ねる、見あげると雨の足が山の絶頂から白い糸のように長く条白を立てて落ちるのです。衣服はびしょぬれになる、これは大変だと思う矢先に、・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・強い南風に吹かれながら、乱石にあたる浪の白泡立つ中へ竿を振って餌を打込むのですから、釣れることは釣れても随分労働的の釣であります。そんな釣はその時分にはなかった、御台場もなかったのである。それからまた今は導流柵なんぞで流して釣る流し釣もあり・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・まだ釣れるかも知れないが、そんなに慾張っても仕方はないし、潮も好いところを過ぎたからネ。と自分は答えたが、まだ余っている餌を、いつもなら土に和えて投げ込むのだけれど、今日はこの児に遺そうかと思って、 餌が余っているが、あげようか。・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 弟はまたお魚の釣れるのが待遠しくて、ほんとに釣れるまで待って居られませんでした。つい水の中を掻廻すと、鰍は皆な驚いて石の下へ隠れてしまいました。 お爺さんは子供の釣りの話を聞いて、正直な人の好さそうな声で笑いました。そして二人の兄・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・これくらいの鮎は、てれくさくて釣れるものではない。僕は、わけを話してゆずってもらって来た。」と奇妙な告白のしかたをしたのである。 ところで、その時の旅行には、もう一つ、へんなお土産があった。かれが、結婚したいと言い出したのである。伊豆で・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・運転手が橋の上で車を止めて通りかかった老爺に、何が釣れるかと聞いた。少し耳の遠いらしい老人は車の窓へ首を突込むようにして、「マアはやくらいだね。河が真直ぐになったからもう何も居ねえや」と云って眼をしょぼしょぼさせた。荒川改修工事がこの爺さん・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・底についたらしく手に感じたとき、すぐにグイグイと引っぱられ、あわてて引きあげてみると、大きなソコブクがかかっていた。釣れるときにはこんなにあっけなくかかるのに、釣れないとなると、どうにもしかたがないものである。私が成功したのは後にも先にもこ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
出典:青空文庫