・・・柱ある処には硝子の箱を据え付け、その中に骨董を陳列す。壁にそいて右の方にゴチック式の暗色の櫃あり。この櫃には木彫の装飾をなしあり。櫃の上に古風なる楽器数個あり。伊太利亜名家の画ける絵のほとんど真黒になりたるを掛けあり。壁の貼紙は明色、ほとん・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・火を付けたのは、しようかせまいかと考えてしたのではなく、恋のためには是非ともしなくてはならぬ事をしたものを、なぜにその事についてお七が善いの悪いのというて考えて見ようか。もしそれを考えるほどなら恋は初から成り立って居なかったのだ。あるいは、・・・ 正岡子規 「恋」
・・・四月三日 今日はいい付けられて一日古い桑の根掘りをしたので大へんつかれた。四月四日、上田君と高橋君は今日も学校へ来なかった。上田君は師範学校の試験を受けたそうだけれどもまだ入ったかどうかはわからない。なぜ農学校を・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・湧水がないので、あのつつみへ漬けた。氷がまだどての陰には浮いているからちょうど摂氏零度ぐらいだろう。十二月にどてのひびを埋めてから水は六分目までたまっていた。今年こそきっといいのだ。あんなひどい旱魃が二年続いたことさえいままでの気象の統計に・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・今夜一晩油に漬けておいてみろ。それがいちばんいいという話だ」といいました。お母さんはびっくりして、 「まあ、ご飯のしたくを忘れていた。なんにもこさえてない。一昨日のすずらんの実と今朝の角パンだけをたべましょうか」と言いました。 「う・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ぼくのおかあさんは樽へ二っつ漬けたよ。」と言いました。「葡萄とりにおらも連れでがないが。」二年生の承吉も言いました。「わがないぢゃ。うなどさ教えるやないぢゃ。おら去年な新しいどご見つけだぢゃ。」 みんなは学校の済むのが待ち遠しか・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・チュウリップ酒で漬けた瓶詰です。しかし一体ひばりはどこまで逃げたでしょう。どこまで逃げて行ったのかしら。自分で斯んな光の波を起しておいてあとはどこかへ逃げるとは気取ってやがる。あんまり気取ってやがる、畜生。」「まったくそうです。こら、ひ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・雪の中に一晩漬けられた。 さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月が、青じろい水銀のひかりを、そこらの雲にそそぎかけ、そのつめたい白い雪の中、戦場の墓地のように積みあげられた雪の底に・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ぼくはもう皮を十一枚あすこへ漬けて置いたし、一かま分の木はもうそこにできている。こんやは新らしいポラーノの広場の開場式だ。」「それでは酒を呑まずに水を呑むぅとやるか。」その年よりが云いました。 みんなはどっとわらいました。「よし・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・けれどもおまえが呑んでもとの通りになってから、おれたちをみんな水に漬けて、よくもんでもらいたい。それから丸薬をのめばきっとみんなもとへ戻る。」「そうか。よし、引き受けた。おれはきっとおまえたちをみんなもとのようにしてやるからな。丸薬とい・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
出典:青空文庫