・・・ 吉井の返答もてきぱきしていた。「その後終列車まで汽車はないですね。」「ありません。上りも、下りも。」「いや、難有う。帰ったら里見君に、よろしく云ってくれ給え。」 陳は麦藁帽の庇へ手をやると、吉井が鳥打帽を脱ぐのには眼も・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・文学論でもなんでも、実に、てきぱき言います。あの人の眼は、実にいい。」「そうですね。Cさんは、僕の高等学校の先輩ですが、いつも、うるんだ情熱的な眼をしていますね。あの人も、これからどんどん書きまくるでしょう。僕は、あの人を好きですよ。」・・・ 太宰治 「鴎」
・・・相変らずてきぱきした語調であった。「冗談じゃない。」「いいえ。働けたらねえ。」 僕は青扇が思いのほかに素直な気質を持っていることを知ったのである。胸もつまったけれど、このまま彼に同情していては、屋賃のことがどうにもならぬのだ。僕・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・おかみさんも、仲々の働き者らしく、いつも帳場に坐って電話の注文を伺っては、てきぱき小僧さんたちに用事を言いつけて居ります。私とお友達だった芹川さんは、女学校を出て三年目に、もういい人を見つけてお嫁に行ってしまいました。いまは何でも朝鮮の京城・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・お絹は蔭で言ってはいたが、やはりお義理があるらしいので、面と向かっててきぱきしたことは言えなかった。「辰之助が当然遠慮していいんだ。東京でいいものを見てきたのだから」道太は言った。「そやそや、どっちか一人ぬければいいわけだわ。姉さん・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・嘉吉はおみちの前でもう少してきぱき話をつづけたかったし、学生がすこしもこっちを悪く受けないのが気に入ってあわてて云った。(まあ、ひとつおつき合いなさい。ここらは今日盆の十六日でこうして遊んでいるんです。かかあもせっ角拵えたのお客さんに食べて・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・私、早口になると見え、電話がてきぱき相手に通じない。困難し、打ち合わせなどするうちに、後の廊下で、一人の老人が丹念に人造真珠の頸飾や、古本や鼈甲細工等下手に見栄えなく並べ始めた。 一眠りしたら、大分元気が恢復した。福島屋の其部屋から・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 事務員らしいてきぱきさで、小枝子はすぐ仕事机の隅の風呂敷包みをひろげ、三尺の押入れを衣裳箪笥まがいにしたところに吊ってある縫いかけのスーツの上着を出した。小枝子が来るようになってもう一年以上経った。事務員では何年つとめていても技術がつ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・だから、自身生かしきれぬ純な情感に苦しむとき、その無力と躊躇と昏迷した考えをてきぱきと解明して、後からつよく押し出すものよりは、音楽にしろ、映画にしろ、小説にしろ、あるままの生活の感情を認めて、一緒にたゆたって、ほのかになって、眠らしてくれ・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
出典:青空文庫