・・・そこで、彼は、わざと重々しい調子で、卑下の辞を述べながら、巧にその方向を転換しようとした。「手前たちの忠義をお褒め下さるのは難有いが、手前一人の量見では、お恥しい方が先に立ちます。」 こう云って、一座を眺めながら、「何故かと申し・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 少将は足を伸ばしたまま、嬉しそうに話頭を転換した。「また榲マルメロが落ちなければ好いが、……」 芥川竜之介 「将軍」
・・・そして癲癇のような烈しい発作は現われなくなった。もし母が昔の女の道徳に囚れないで、真の性質のままで進んでいったならば、必ず特異な性格となって世の中に現われたろうと思う。 母の芸術上の趣味は、自分でも短歌を作るくらいのことはするほどで、か・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・因果でそれなりにもしておけないので三所も四所も出て長持のはげたのを昔の新らしい時のようにぬりなおして木薬屋にやると男にこれと云うきずもなく身上も云い分がないんでやたらに出る事も出来ないので化病を起して癲癇を出して目をむき出し口から沫をふき手・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ この椿岳国の第一の名産たる画はどんな作である乎、先年の椿岳展覧会は一部の好事家間に計画されたので、平生相知る間を集めて展観したのだから、この展覧会で椿岳の画の全部を知る事は出来なかったが、ほぼその画風を窺う事は出来た。 椿岳の画は・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 多くのことは、人の心の持方、人の境遇の転換によって、波の寄せるように、暗影と光明とを伴って一去一来しているのだ。この意味に於て、私は時が偉大な裁判者だと信ずるのである。 小川未明 「波の如く去来す」
・・・そんな訳で自分は何かに気持の転換を求めていた。金がなくなっていたので出歩くにも出歩けなかった。そこへ家から送ってくれた為替にどうしたことか不備なところがあって、それを送り返し、自分はなおさら不愉快になって、四日ほど待っていたのだった。その日・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・時代が憂鬱ならば時代を転換せんとの意欲は起こらないのか。社会革新の情熱や、民族的使命の自覚はどこにおき忘れたのであろう。反逆の意志さえなきにまさるのである。永遠の恋、死に打ちかつ抱擁、そうしたイデーはもう「この春の流行」ではないとでも思って・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・今や新しい転換がきつつある。 しかし日蓮の熱誠憂国の進言も幕府のいれるところとならず、何の沙汰もなかった。それのみか、これが機縁となって、翌月二十八日夜に松葉ヶ谷草庵が焼打ちされるという法難となって報いられた。「国主の御用ひなき法師・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「偉大なる転換の一年」を読んでいたシーシコフは、頭を上げて、スヰッチをひねった。電灯が消えた。番小屋は真暗になった。と、その反対に、外界の寒気と氷の夜の風景が、はっきりと窓に映ってきた。 河を乗り起してやってくる馬橇が見えた。警戒兵とし・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫