・・・などはイディルレの好点景であり、「物うりの尻声高く名乗りすて」は喜劇中のモーメントである。少なくも本邦のトーキー脚色者には試みに芭蕉蕪村らの研究をすすめたいと思う。 未来の映画のテクニックはどう進歩するか。次に来るものは立体映画であろう・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・のいろいろな抽象的な典型が控えている。これは科学的対象以外のものに対しても適用されうるものであり、また実際にも使用されているものである。それを科学がわれわれに思い出させる事は決して珍しくも不思議でもないのである。もとよりそういう見方や考え方・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・夏目先生にその話をしたら早速その当時書いていた小説の中の点景材料に使われた。須永というあまり香ばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれが後世に伝わることになってしまった。そのせいではないが往来で葉巻を買って吸付けることはその時限りでやめてし・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そしてそれらの考えがほとんど天啓ででもあるように強く明らかに、無条件に真であって、しかもいずれもが新しい卓見ででもあるように彼には思われた。新聞の三面記事を読んでいる時でさえ時々電光のひらめくようにそのような考えが浮かんだりした。そんな時に・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・あひるが陸へ上がってよちよち歩くときの格好は、およそ醜い歩行の姿の典型として引き合いに出るくらいであるが、こうしてその固有のおるべき環境にいるときの自然の姿はこのようにも美しく典雅なものである。固有でない環境に置かれれば錦繍でもきたなく、あ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・その結果を図示してみるとそれらの角度の統計的分布は明瞭に典型的な誤差曲線を示している。三十五匹のうち九匹はだいたい東西に走る電線に対してその尻を南へ十度ひねって止まっている。この最大頻度の方向から左右へ各三十度の範囲内にあるものが十九匹であ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・それは普通の積雲とは全くちがって、先年桜島大噴火の際の噴雲を写真で見るのと同じように典型的のいわゆるコーリフラワー状のものであった。よほど盛んな火災のために生じたものと直感された。この雲の上には実に東京ではめったに見られない紺青の秋の空が澄・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・この版画の油絵はたしかに一つの天啓、未知の世界から使者として一人の田舎少年の柴の戸ぼそにおとずれたようなものであったらしい。 当時は町の夜店に「のぞきからくり」がまだ幅をきかせていた時代である。小栗判官、頼光の大江山鬼退治、阿波の鳴戸、・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・教科書の問題を解くのでも、おみくじかなんかを引くように、できるもできないのも運次第のものででもあるかのように思っていた自分のような生徒たちには、先生のこの説は実に驚くべき天啓であり福音であった。なるほど少なくも書物にあるほどの問題なら、その・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・若先生も典型的な温雅の紳士で、いつも優長な黒紋付姿を抱車の上に横たえていた。うちの女中などの尊敬の対象であったようである。その若先生が折々自分の我儘な願いに応じて「化学的手品」の薬品を調合してくれたりした。無色の液体を二種混合するとたちまち・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
出典:青空文庫