・・・軽焼が疱瘡痲疹の病人向きとして珍重されるので、疱瘡痲疹の呪いとなってる張子の赤い木兎や赤い達磨を一緒に売出した。店頭には四尺ばかりの大きな赤達磨を飾りつけて目標とした。 その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・本郷の永盛の店頭に軍服姿の鴎外を能く見掛けるという噂を聞いた事もある。その頃偶っと或る会で落合った時、あたかも私が手に入れた貞享の江戸図の咄をすると、そんな珍本は集めないよ、僕のは安い本ばかりだと、暗に珍本無用論を臭わした。が、その口の端か・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・すると、その家は堅く閉まって、店頭に売り家の札がはってありました。独り、高く時計台は青く空に突っ立って、初秋の星の光が冷たくガラスにさえかえっていました。 小川未明 「青い時計台」
・・・と、言って、朝から、晩まで子供や、大人がこの店頭へ買いに来ました。果して、絵を描いた蝋燭は、みんなに受けたのであります。 するとここに不思議な話がありました。この絵を描いた蝋燭を山の上のお宮にあげてその燃えさしを身に付けて、海に出ると、・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・といって、朝から晩まで、子供や、大人がこの店頭へ買いにきました。はたして、絵を描いたろうそくは、みんなに受けたのであります。 すると、ここに不思議な話がありました。この絵を描いたろうそくを山の上のお宮にあげて、その燃えさしを身につけて、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ ある日、男が箱車を引いて菓子屋の店頭にやってきました。そして、飴チョコを三十ばかり、ほかのお菓子といっしょに箱車の中に収めました。 天使は、また、これからどこへかゆくのだと思いました。いったい、どこへゆくのだろう?箱車の中にはいっ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・空の胃袋は痙攣を起したように引締って、臓腑が顛倒るような苦しみ。臭い腐敗した空気が意地悪くむんむッと煽付ける。 精も根も尽果てて、おれは到頭泣出した。 全く敗亡て、ホウとなって、殆ど人心地なく臥て居た。ふッと……いや心の迷の空耳・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ある日信子は例の切り通しの坂で顛倒した。心弱さから彼女はそれを夫に秘していた。産婆の診察日に彼女は顫えた。しかし胎児には異状はなかったらしかった。そのあとで信子は夫に事のありようを話した。行一はまだ妻の知らなかったような怒り方をした。「・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然しない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・』と私は気が顛倒していますから言うことがおずおずしています、そうしますと武はこわい眼をして、『今になってそれを聞く法がありますか、初めからわかりきっているじゃありませんか、あなたの方でもこうなればこうと覚悟があるはずじゃ』 言われて・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫