・・・都をば霞とともに出でしかど……一首を読むのに、あの洒落ものの坊さんが、頭を天日に曝したというのを思出す……「意気な人だ。」とうっかり、あみ棚に預けた夏帽子の下で素頭を敲くと、小県はひとりで浮かり笑った。ちょっと駅へ下りてみたくなったのだそう・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・毛をむしられて、海水に浸り、それを天日でかわかした。これは痛苦のはじまりである。 いんしゅう、いなばの小兎。淡水でからだを洗い、蒲の毛を敷きつめて、その中にふかふかと埋って寝た。これは、安楽のはじまりであろう。最も日常茶飯事的な・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・同時に胃嚢が運動を停止して、雨に逢った鹿皮を天日で乾し堅めたように腹の中が窮窟になる。犬が吠えれば善いと思う。吠えているうちは厭でも、厭な度合が分る。こう静かになっては、どんな厭な事が背後に起りつつあるのか、知らぬ間に醸されつつあるか見当が・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・生きて天日を再び見たものは千人に一人しかない。彼らは遅かれ早かれ死なねばならぬ。されど古今に亘る大真理は彼らに誨えて生きよと云う、飽くまでも生きよと云う。彼らはやむをえず彼らの爪を磨いだ。尖がれる爪の先をもって堅き壁の上に一と書いた。一をか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ 今日はお父さんとお母さんとが、お家の前で鈴蘭の実を天日にほしておりました。 ホモイが、 「お父さん。いいものを持った来ましたよ。あげましょうか。まあちょっとたべてごらんなさい」と言いながら角パンを出しました。 兎のお父さん・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・さらし木綿に梅干汁をひたして天日に乾かし、それを小さく切っていざという時しゃぶるのだそうです。成程これは渇きをとめるし、腹にいいしお菜になるし、さすが経験者の考えることです。水に入ってあせって泳ぐなということも強調されていました。そんなこと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 馬琴は、何も、眇の小銀杏が、いくら自分を滅茶にけなしたからと云って、「鳶が鳴いたからと云って、天日の歩みが止るものではない」事は知って居るのである。よく分って居るのである。 けれども、けなされれば心持の悪いという事実は瞞着するに余・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ けれども、今日は如何うかして、小学校の子供のように、お婆さんは只コックリと頭を下げた限りで、ぼんやりと天日に頭を曝した儘、薄紫の愛らしい馬鈴薯の花を眺めて居る。「どうなさいました。家へ入って少し休みましょう 私はお婆さんを縁側・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・ 自由党その他反動政党が、幣原内閣と連結して、天皇に拒否権を与えたとき、それがどう発動するかは天日のように明かである。議会は、そして全日本は、再び黒雲に閉されるのである。供出に対する強権発動によって、地方では首を吊る者が出ている。米がな・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
出典:青空文庫