・・・ と、甘谷という横肥り、でぶでぶと脊の低い、ばらりと髪を長くした、太鼓腹に角帯を巻いて、前掛の真田をちょきんと結んだ、これも医学の落第生。追って大実業家たらんとする準備中のが、笑いながら言ったのである。 二人が、この妾宅の貸ぬしのお・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・しかし静な事は――昼飯を済せてから――買ものに出た時とは反対の方に――そぞろ歩行でぶらりと出て、温泉の廓を一巡り、店さきのきらびやかな九谷焼、奥深く彩った漆器店。両側の商店が、やがて片側になって、媚かしい、紅がら格子を五六軒見たあとは、細流・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・からだは、その娘とは違って、丈が低く、横にでぶでぶ太って、豚の体に人の首がついているようだ。それに、口は物を言うたんびに横へまがる。癇のためにそう引きつるのだとは、跡でお袋みずからの説明であった。 これで国府津へは三度目だが、なかなかい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・へ牛肉の山椒焼や焼うどんや肝とセロリーのバタ焼などを食べに行くたびに、三度のうち一度ぐらいはぶぶ漬を食べて見ようかとふと思うのは、そのぶぶ漬の味がよいというのではなく、しるこ屋でぶぶ漬を売るということや、文楽芝居のようなお櫃に何となく大阪を・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・「逃げて行くパルチザンなんど、面倒くさい、大砲でぶっ殺してしまえやいいじゃないか。」 小屋のところをぶらぶら歩きながら無遠慮に中隊長の顔を見ていた男が不意に横から口を出した。 その男は骨組のしっかりした、かなり豊かな肉づきをして・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 少女のギルダは、まるでぶなの木の葉のようにプリプリふるえて輝いて、いきがせわしくて思うように物が云えない。「先生どうか私のこころからうやまいを受けとって下さい。」 マリヴロンはかすかにといきしたので、その胸の黄や菫の宝石は一つ・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
出典:青空文庫