・・・ とこういうたのみでした。燕は王子のありがたいお志に感じ入りはしましたが、このりっぱな王子から金をはぎ取る事はいかにも進みません。いろいろと躊躇しています。王子はしきりとおせきになります。しかたなく胸のあたりの一枚をめくり起こしてそれを・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・またどんな仔細がないとも限らぬが、少しも気遣はない、無理に助けられたと思うと気が揉めるわ、自然天然と活返ったとこうするだ。可いか、活返ったら夢と思って、目が覚めたら、」といいかけて、品のある涼しい目をまた凝視め、「これさ、もう夜があけた・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ と半ば呟き呟き、颯と巻袖の笏を上げつつ、とこう、石の鳥居の彼方なる、高き帆柱のごとき旗棹の空を仰ぎながら、カタリカタリと足駄を踏んで、斜めに木の鳥居に近づくと、や! 鼻の提灯、真赤な猿の面、飴屋一軒、犬も居らぬに、杢若が明かに店を張っ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ただもう、すうっとこう霞に乗って行くようだっけ。裾捌き、褄はずれなんということを、なるほどと見たは今日がはじめてよ。どうもお育ちがらはまた格別違ったもんだ。ありゃもう自然、天然と雲上になったんだな。どうして下界のやつばらが真似ようたってでき・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・田舎の他土地とても、人家の庭、背戸なら格別、さあ、手折っても抱いてもいいよ、とこう野中の、しかも路の傍に、自由に咲いたのは殆ど見た事がない。 そこへ、つつじの赤いのが、ぽーとなって咲交る。…… が、燃立つようなのは一株も見えぬ。霜に・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ じゃあまあそれはたってお聞き申しませんまでも、一体此家にはお一人でございますかって聞くと、とこうおっしゃった。 さあ、黙っちゃあいられやしない。 こうこういうわけですから、尼様と御一所ではなかろうし、誰方とお二人でというと・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・色は判然覚えているけど、……お待ちよ、――とこうだから。……」 取って着けたような喫み方だから、見ると、ものものしいまでに、打傾いて一口吸って、「……年紀は、そうさね、七歳か六歳ぐらいな、色の白い上品な、……男の児にしてはちと綺麗過・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ただ、とこういうことが世間へ知れて、世の中の者がみんなその気でお前に附合えば、それで可い、それで可い。ちっとは負債が返せるのだ。 しかし、これはお前には出来ぬこッた。お前は世間体というものを知ってるから、平生、吾が健全な時でも、そんな事・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・武士たるものは、不義ものを成敗するはかえって名誉じゃ、とこうまで間違っては事面倒で。たって、裁判沙汰にしないとなら、生きておらぬ。咽喉笛鉄砲じゃ、鎌腹じゃ、奈良井川の淵を知らぬか。……桔梗ヶ池へ身を沈める……こ、こ、この婆め、沙汰の限りな、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・しかる処へ、奥方連のお乗込みは、これは学問修業より、槍先の功名、と称えて可い、とこう云うてな。この間に、おりく茶を運ぶ、がぶりとのむ。 はッはッはッはッ。撫子弱っている。村越 いや、召使い……なんですよ。・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
出典:青空文庫