・・・ 身を返しさま柱の電鈴に手を掛くれば、待つ間あらせず駈けて来る女中の一人、あのね三好さんのところへ行ってね、また一席負かしていただきたいが、ほかにお話しもありますから、お暇ならすぐにおいでを願いたい。とこう言って来ておくれ。急いで、いいか。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・北海道の話を聴ても『冬になると……』とこういわれると、身体がこうぶるぶるッとなったものです。それで例の想像にもです、冬になると雪が全然家を埋めて了う、そして夜は窓硝子から赤い火影がチラチラと洩れる、折り折り風がゴーッと吹いて来て林の梢から雪・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・世が余りに狐を大したものに思うところから、釣狐のような面白い狂言が出るに至った、とこういうように観察すると、釣狐も甚だ面白い。 飯綱の法というといよいよ魔法の本統大系のように人に思われている。飯綱は元来山の名で、信州の北部、長野の北方、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・しかも納屋衆は殆ど皆、朝鮮、明、南海諸地との貿易を営み、大資本を運転して、勿論冒険的なるを厭わずに、手船を万里に派し、或は親しく渡航視察の事を敢てするなど、中々一ト通りで無い者共で無くては出来ぬことをする人物であるから、縦い富有の者で無い、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・男が慾を捨て、女が嘘をつく事をやめる、とこう来なくてはいけません。」といやにはっきり反対する。 私はたじろぎ、「そりゃまた、なぜです。」「まあ、どっちでも、同じ様なものですが、しかし、女の嘘は凄いものです。私はことしの正月、いや・・・ 太宰治 「嘘」
・・・ もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ! おのれを愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。それからでなければ、どうにもこうにもなりゃしないのだよ。 とこう言うとまた、れいのサロンの半可通ども・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・男類、女類、猿類、とこう来なくちゃいけない。全然、種属がちがうのだ。からだがちがっているのと同様に、その思考の方法も、会話の意味も、匂い、音、風景などに対する反応の仕方も、まるっきり違っているのだ。女のからだにならない限り、絶対に男類には理・・・ 太宰治 「女類」
・・・はじめに逢ったひとには、ちょっとこう、いっぷう変っているように見せたくてたまらないのだ。自縄自縛という言葉がある。ひどく古くさい。いかん。病気ですね。君は、文科ですか? ことし卒業ですね?」 私は答えた。「いいえ。もう一年です。あの、い・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・田舎の人が純朴だの何だの、冗談じゃありません、とこうまあいったような事をお隣りに疎開して来ている細君が、うちの細君に向ってまくし立てたのです。これに対して、うちの細君はこういう答弁を与えました。それは結局、あなた自身に創意と工夫が無いからだ・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・衣食足った人の道楽に画いたものは下手でも自然の気品があって尊いものだ。とこう云うのである。自分もなるほどと思ってその方はあきらめたが、さらば何をやって身を立てるかと考えても、やっと中学を出ようと云う自分に、どんな事が最も好いか分り兼ねた。工・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
出典:青空文庫