・・・ 商売冥利、渡世は出来るもの、商はするもので、五布ばかりの鬱金の風呂敷一枚の店に、襦袢の数々。赤坂だったら奴の肌脱、四谷じゃ六方を蹈みそうな、けばけばしい胴、派手な袖。男もので手さえ通せばそこから着て行かれるまでにして、正札が品により、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ また此外に矢張りこれも同級の男で野崎というのがありましたが、此野崎の家は明神前で袋物などをも商う傍、貸本屋を渡世にして居ました。ところが此処は朝夕学校への通り道でしたから毎日のように遊びに寄って、種々の読本の類を引ずり出しては、其絵を・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・川竹の憂き身をかこつ哥沢の糸より細き筆の命毛を渡世にする是非なさ……オット大変忘れたり。彼というは堂々たる現代文士の一人、但し人の知らない別号を珍々先生という半可通である。かくして先生は現代の生存競争に負けないため、現代の人たちのする事は善・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・活力節減の方で例を引いてお話をしますと、人力車を挽いて渡世にするか、または自動車のハンドルを握って暮すかの競争になったのであります。どっちを家業にしたって命に別条はないにきまっているが、どっちへ行っても労力は同じだとは云われません。人力車を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかもその怪しからぬと思うような職業を渡世にしている奴は我々よりはよっぽどえらい生活をしているのがあります。しかし一面から云えば怪しからぬにせよ、道徳問題として見れば不埒にもせよ、事実の上から云えば最も人のためになることをしているから、それ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・左れば今日人事繁多の世の中に一家を保たんとするには、仮令い直に家業経営の衝に当らざるも、其営業渡世法の大体を心得て家計の方針を明にし其真面目を知るは、家の貧富貴賤を問わず婦人の身に必要の事なりと知る可し。是れが為めには娘の時より読み書き双露・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この点より論ずるときは、仕官もまた営業渡世の一種なれども、俸給の他に位階勲章をあたうるは、その労力の大小にかかわらず、あたかも日本国中の人物を排列してその段等を区別するものにして、官途にはおのずから抜群の人物多きがゆえに、位階勲章を得る者の・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・第二に活計の道、渡世の法を求めて衣食住に不自由なく生涯を安全に送ること。第三に子供を養育して一人前の男女となし、二代目の世の中にては、その子の父母となるに差支なきように仕込むことなり。第四に人々相集まりて一国一社会を成し、互いに公利を謀り共・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・大は各国の交際に権を争い、小は人々の渡世に利を貪り、はなはだしきは物を盗み人を殺すものあり。なおはなはだしきは、かの血気の少年軍人の如きは、ひたすら殺伐戦闘をもって快楽となし、つねに世の平安をいとうて騒乱多事を好むが如し。ゆえに平安の主義は・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・それでもわたくしは主人が渡世上手で、家業に勉強して、わたくし一人を守っていてくれるのをせめてもの慰めにいたしていました。 しかしそれはわたくしがひどく騙されていたのでございます。ある偶然の出来事から、わたくしはそれを発見いたしました。夫・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫