・・・「常子夫人の談によれば、夫人は少くとも一ヶ年間、××胡同の社宅に止まり、忍野氏の帰るを待たんとするよし。吾人は貞淑なる夫人のために満腔の同情を表すると共に、賢明なる三菱当事者のために夫人の便宜を考慮するに吝かならざらんことを切望するもの・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかもこの若い御新造は、時々女権論者と一しょに、水神あたりへ男連れで泊りこむらしいと云うじゃありませんか。私はこれを聞いた時には、陽気なるべき献酬の間でさえ、もの思わしげな三浦の姿が執念く眼の前へちらついて、義理にも賑やかな笑い声は立てられ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ するとその地獄の底に、陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。この陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがござ・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・伯母はまだこのほかに看護婦は気立ての善さそうなこと、今夜は病院へ妻の母が泊りに来てくれることなどを話した。「多加ちゃんがあすこへはいると直に、日曜学校の生徒からだって、花を一束貰ったでしょう。さあ、お花だけにいやな気がしてね」そんなことも話・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・時刻も遅いからお泊りなさい今夜は」「ありがとうございますが帰らせていただきます」「そうですか、それではやむを得ないが、では御相談のほうは今までのお話どおりでよいのですな」「御念には及びません。よいようにお取り計らいくださればそれ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ いや、磯でもなし、岩はなし、それの留まりそうな澪標もない。あったにしても、こう人近く、羽を驚かさぬ理由はない。 汀の蘆に潜むか、と透かしながら、今度は心してもう一歩。続いて、がたがたと些と荒く出ると、拍子に掛かって、きりきりきり、・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 私は熟と視て、――長野泊りで、明日は木曾へ廻ろうと思う、たまさかのこの旅行に、不思議な暗示を与えられたような気がして、なぜか、変な、擽ったい心地がした。 しかも、その中から、怪しげな、不気味な、凄いような、恥かしいような、また謎の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・旦那様は都でいらっしゃいます、別にお目にも留りますまいが、私どもの目からはまるでもう弁天様か小町かと見えますほどです。それに深切で優しいおとなしい女でございまして、あれで一枚着飾らせますれば、上つ方のお姫様と申しても宜い位。」 ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……「昨夜はどちらでお泊り。」「武生でございます。」「蔦屋ですな、綺麗な娘さんが居ます。勿論、御覧でしょう。」 旅は道連が、立場でも、また並木でも、言を掛合う中には、きっとこの事がなければ納まらなかったほどであったのです。・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ しかし植林の効果は単に木材の収穫に止まりません。第一にその善き感化を蒙りたるものはユトランドの気候でありました。樹木のなき土地は熱しやすくして冷めやすくあります。ゆえにダルガスの植林以前においてはユトランドの夏は昼は非常に暑くして、夜・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
出典:青空文庫