・・・私が長い旅に疲れて、暮れ方、翼を休めるため、海の上に止まる船のほばしらを探していましたとき、ちょうどその赤い船が、波を上げて太平洋を航海していましたから、さっそく、その船のほばしらに止まりました。ほんとうにその晩はいいお月夜で、青い波の上が・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・そして、あちらの町の建物の屋根に止まりました。 それは、夕暮れ方の太陽の光に照らされて、いっそう鮮かに赤い毛色の見える、赤い鳥でありました。「さあ、このように赤い鳥が飛んでまいりました。」と、子供はいいました。「あんな遠くでは、・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・そして、日暮れに木賃宿へ帰ってきて泊まりました。彼は、ほかにいって泊まるところがなかったからです。 この木賃宿には、べつに大人の乞食らがたくさん泊まっていました。そして、彼らは、その日いくらもらってきたかなどと、たがいに話し合っていまし・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・「こんなに天気が悪いから、おじいさんは、お泊まりなさるだろう。」と、家の人たちはいっていました。 太郎は、おじいさんが、晩までには、帰ってくるといわれたから、きっと帰ってこられるだろうと堅く信じていました。それで、どんなものをおみや・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・私は泊り客かと思ったら、後でこの家の亭主と知れた。「泊めてもらいたいんですが……」と私は門口から言った。 すると、三十近くの痩繊の、目の鋭い無愛相な上さんが框ぎわへ立ってきて、まず私の姿をジロジロ眺めたものだ。そうして懐手をしたまま・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 追分は軽井沢、沓掛とともに浅間根腰の三宿といわれ、いまは焼けてしまったが、ここの油屋は昔の宿場の本陣そのままの姿を残し、堀辰雄氏、室生犀星氏、佐藤春夫氏その他多くの作家が好んでこの油屋へ泊りに来て、ことに堀辰雄氏などは一年中の大半をこ・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・その会話は、オーさんという客が桃子という芸者と泊りたいとお内儀にたのんだので、お内儀が桃子を口説いている会話であって、あんたはここに泊るか、それとも帰るかというのを、「おいやすか、おいにやすか」といい、オーさんは泊りたいと言っているというの・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・無論その辺には彼に恰好な七円止まりというような貸家のあろう筈はないのだが、彼はそこを抜けて電車通りに出て電車通りの向うの谷のようになった低地の所謂細民窟附近を捜して見ようと思って、通りかゝったのであった。両側の塀の中からは蝉やあぶらやみんみ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして今にも襟髪を掴むか、今にも崖から突き落とすか、そんな恐怖で息も止まりそうになっているんです。しかし僕はやっぱり窓から眼を離さない。そりゃそんなときはもうどうなってもいいというような気持ですね。また一方ではそれがたいていは僕の気のせいだ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・『そとは大変な降りでござりますぜ、今夜はお泊りなされませ』と武は妙に言いだしました、と申すのは私がこれまで泊ろうとしても武は、もし泊まって事が知れたらまずいからといつも私を宥めて帰しましたので、私も決して泊ったことはなかったのです。・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫