・・・私が長い旅に疲れて、暮れ方、翼を休めるため、海の上に止まる船のほばしらを探していましたとき、ちょうどその赤い船が、波を上げて太平洋を航海していましたから、さっそく、その船のほばしらに止まりました。ほんとうにその晩はいいお月夜で、青い波の上が・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ほんとうに、みなさんが赤い鳥が呼んでほしいならば、どうか、私に、今夜泊まるだけの金をください。私は、すぐに呼んでみせましょう。」といいました。 群衆の中には、酒に酔った男がいました。「ああ、呼んでみせろ! もし、おまえが呼んでみせた・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・彼は、ほかにいって泊まるところがなかったからです。 この木賃宿には、べつに大人の乞食らがたくさん泊まっていました。そして、彼らは、その日いくらもらってきたかなどと、たがいに話し合っていました。「俺は、一日じゅう人の顔さえ見れば、哀れ・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ 夜になったときに、お姫さまは、みんな自分のような貧しいようすをした旅人ばかりの泊まる安宿へ、入って泊まることになされました。そこには、ほんとうに他国のいろいろな人々が泊まり合わせました。そして、めいめいに諸国で見てきたこと、また聞いた・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・帰るに旅費はなし、留まるには宿もない。止むなくんば道々乞食をして帰るのだが、こうなってもさすがにまだ私は、人の門に立って三厘五厘の合力を仰ぐまでの決心はできなかった。見えか何か知らぬがやっぱり恥しい。そこで屋台店の亭主から、この町で最も忙し・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そのホクロを見ながら、私は泊るところがないからこうしているのだと答えました。まさか死のうと思っていたなどと言えない。男はじっと私の顔を見ていましたが、やがて随いてこいと言って歩きだしました。私は意志を失ったように随いて行きました。 公園・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その会話は、オーさんという客が桃子という芸者と泊りたいとお内儀にたのんだので、お内儀が桃子を口説いている会話であって、あんたはここに泊るか、それとも帰るかというのを、「おいやすか、おいにやすか」といい、オーさんは泊りたいと言っているというの・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 私の欠席日数はまたたく間に超過して、私は再び現級に止まることになった。私の髪も長かったが、高等学校生活も長かったわけである。私は後者の長さに飽き果てて、遂に学校に見切りをつけてしまった。事変がはじまる半年前のことであった。 ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・宿屋に泊るといっても、大阪のどこへ行けば宿屋があるのか、おまけに汽車の中で聴いた話では、大阪中さがしても一現で泊めてくれるような宿屋は一軒もないだろうということだ。良い思案も泛ばず、その夜は大阪駅で明かすことにしたが、背負っていた毛布をおろ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そして着いた夜あるホテルへ泊まるんですが、夜中にふと眼をさましてそれからすぐ寝つけないで、深夜の闇のなかに旅情を感じながら窓の外を眺めるんです。空は美しい星空で、その下にウィーンの市が眠っている。その男はしばらくその夜景に眺め耽っていたが、・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫