・・・とかく武蔵野を散歩するのは高い処高い処と撰びたくなるのはなんとかして広い眺望を求むるからで、それでその望みは容易に達せられない。見下ろすような眺望はけっしてできない。それは初めからあきらめたがいい。 もし君、何かの必要で道を尋ねたく思わ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・終に止むなく勘文一通を造りなして、其の名を立正安国論と号す。文応元年七月十六日、屋戸野入道に付して、古最明寺入道殿に進め了んぬ。これ偏に国土の恩を報ぜん為めなり。」 これが日蓮の国家三大諫暁の第一回であった。 この日蓮の「国土の恩」・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・御維新の大変動で家が追々微禄する、倹約せねばならぬというので、私が三歳の時中徒士町に移ったそうだが、其時に前の大きな家へ帰りたい帰りたいというて泣いていて困ったから、母が止むを得ず連れて戻ったそうです。すると外の人が住んで居て大層様子が変わ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・実に怒る者は知る可し、笑う者は測るべからず、である。求むる有るものは弱し、恐るるに足らず、求むる無き者は強し、之を如何ともする能わず、である。不可解は恐怖になり、恐怖は遁逃を思わしめるに至った。で、何も責め立てられるでも無く、強請されるでも・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・と砂糖八分の申し開き厭気というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求むべき道はござらねど権力腕力は拙い極度・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・われはそを知らむことを求む、されど未だ見出し得ず。さらば、斯く闇黒の中に坐するは、吾事業なるか――」 ずっと旧いところの稿には、こんなことも書いてある。 豪爽な感想のする夏の雨が急に滝のように落ちて来た。屋根の上にも、庭の草木の上に・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・即ち知る、舜の事蹟は人事に關するものを他にして求む可らざることを。 禹に至つては刻苦勉勵、大洪水を治し禹域を定めたるもの、これ地に關する事蹟なり。禹の事業の特性は地に關する點にあり。 これらの點より推さばこの傳説作者は、天地人三才の・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・アイスキュロスは、舞台上で同時に用い得る声の数が限られている事に依て、そこで止むなく、コオカサスに鎖ぐプロメトイスの沈黙を発明し得たのであります。ギリシャは琴に絃を一本附け加えた者を追放しました。芸術は拘束より生れ、闘争に生き、自由に死ぬの・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不尽。 太宰治 「トカトントン」
・・・パラパラ、頁をめくっていって、ふと、「汝もし己が心裡に安静を得る能わずば、他処に之を求むるは徒労のみ。」というれいの一句を見つけて、いやな気がした。悪い辻占のように思われた。こんどの旅行は、これは、失敗かも知れぬ。 列車が上諏訪に近づい・・・ 太宰治 「八十八夜」
出典:青空文庫