・・・ これが昔気質の祖母の気に入りません、ややともすると母に向いまして、『お前があんまり優しくするから修蔵までが気の弱い児になってしまう。お前からしても少ししっかりして男は男らしく育てんといけませんぞ』とかく言ったものです。 けれど・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・いせいしていて慾も得も無く、誰をも怨まず、誰をも愛さず、それこそ心頭滅却に似た恬淡の心境だったのですが、あなたに話かけているうちに、また心の端が麻のように乱れはじめて、あなたの澄んだ眼と、強い音声が、ともすると私の此の手紙の文章を打ち消して・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ちっとも余裕なんて無いくせに、ともすると余裕を見せたがって困るのである。勝敗の結果よりも、余裕の有無のほうを、とかく問題にしたがる傾向がある。それだから、必ず試合には負けるのである。ほめた事ではない。私は気を取り直し、「とにかく立たない・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・それからは、努力した。ともすると鎌首もたげようとする私の不眠の悲鳴を叩き伏せ、叩き伏せ、お念仏一ついまは申さず、歯を食いしばって小説の筋を考え、そうして、もっぱら睡眠の到来を期待しているのである。それは、なかなかの苦しさであった。謂わば、私・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ややともすると胸がむかつきそうになる。不安の念がすさまじい力で全身を襲った。と同時に、恐ろしい動揺がまた始まって、耳からも頭からも、種々の声が囁いてくる。この前にもこうした不安はあったが、これほどではなかった。天にも地にも身の置きどころがな・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・かれは真鍮の棒につかまって、しかも眼を令嬢の姿から離さず、うっとりとしてみずからわれを忘れるというふうであったが、市谷に来た時、また五、六の乗客があったので、押しつけて押しかえしてはいるけれど、ややともすると、身が車外に突き出されそうになる・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・どうもややともするとそこに厭味が出て来る。私が今晩こうやって演説をするにしても、私の一字一句に私と云うものがつきまつわっておってどうかして笑わせてやろう、どうかして泣かせてやろうと擽ったり辛子を甞めさせるような故意の痕跡が見え透いたら定めし・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・したがってややともすると主観的の句が重複して、ある時は読者に不愉快な感じを与えはせぬかと思うところもあるが右の次第だから仕方がない。 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・梶も、ともすると沈もうとする自分が怪しまれて来るのだった。「だって君、あの青年は狂人に見えるよ。またそうかも知れないが、とにかく、もし狂人に見えなかったなら、栖方君は危いよ。あるいはそう見えるように、僕ならするかもしれないね。君だってそ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫